邪馬人×蛮(うさぎ)
「もうすぐ誕生日だな、蛮」
そう言った邪馬人は、誕生日がくる蛮よりも嬉しそうな顔をしていた。
「前に言ったよな、盛大に祝おうって。蛮の望むことなら何でもしてやるぞ? 何してほしい?」
わくわくと、顔を覗き込まれ、蛮はかえって困惑してしまった。
祝ってくれるのは嬉しい。自分の誕生日がめでたいとは思わなかったが、それでも祝おうと思ってくれるなら、いや、極端な話、そんなものがくることで邪馬人が楽しそうなら、それだけでも自分の誕生日なんてものに価値があると思える。
ただ…
「…蛮?」
困ったように俯いてしまった蛮に、邪馬人は不思議そうに首を傾げた。
「どうした?」
「ごめん、邪馬人」
「何がだ?」
「オレ…何も思いつかない」
「してほしいことが、か?」
「うん……あ! でも、祝ってくれるのが嬉しくないとかじゃなくてっ」
頷いた後にはっと気付いたように慌てて言い募る蛮に、邪馬人の笑みが深まる。
「ああ」
「嬉しいんだけど…特に何してほしいとかなくて…」
「無欲だなぁ、蛮は」
笑いながら、邪馬人はぽふぽふと蛮の頭を軽く叩いた。
それにちょっと嫌そうにその手を払う仕草さえ可愛くて、邪馬人は蛮が嫌がるのがわかっていても、つい抱きしめてしまう。
「寿司とって、焼肉はするとして…他に食いたいもんとかないのか?」
案の定、照れてちょっと赤くなりながら腕から逃れようとする蛮を逃がさないように抱き込んで、一緒に壊れかけたソファに座り込んだ。
「別に…そんだけあれば十分だろ」
「うーん…蛮に一番喜んでほしい日なんだがなぁ…」
じたじたとそれでもまだ暴れる蛮を上手く抱き込んだまま、邪馬人は不満そうに呟いた。
いい加減暴れるのも疲れた蛮が諦めて力を抜くと、邪馬人は後ろから蛮をすっぽり包むように抱き込んで、いい事を思いついたとばかりに笑った。
「そうだ! またりんごでウサギを作ってやるよv アレ、蛮、気に入ってたもんな?」
「ぷっ…何言ってんだよ、気に入ってたのは邪馬人の方だろ? 大体今度はちゃんと作れるのかよ? 『ウサギ』」
けらけら笑う蛮に、真面目に反論する。
「今度はとは何だ! こないだだって、ちゃんとウサギだっただろうが」
「片耳とか、耳無しとかは、ちゃんとしたウサギって言わないと思うぜ?」
蛮が風邪を引いた時に、りんごで作ったウサギを見たことがないと言う蛮のために悪戦苦闘をしていた邪馬人を思い出し、まだくすくす笑っている蛮に、邪馬人も笑って宣言した。
「笑ったな? よーし、じゃあ、リベンジだ! 蛮の誕生日には文句のつけようがない、完璧なウサギりんごを作ってやる」
「楽しみにしてんぜ」
「ああ、期待してろ。で、後は何かないか?」
「あとはっていうか……ほんとに、何もいらないんだ…」
抱きしめられた背中が暖かくて幸せで、蛮は邪馬人にぽたりと頭をもたれかけた。
「好きなヤツといられれば、それだけですげー幸せだからさ…」
「蛮の好きなヤツって…オレか?」
「なっ…」
今更言わずもがなの事を真面目に聞いてくる邪馬人に、思わず絶句して、それでもからかっているわけではないらしい様子に、本当の事なので違うとも言えずに…蛮は赤くなって言い捨てると、邪馬人の腕に顔を埋めた。
「〜〜〜っ、他にっ、誰がいんだよ!?」
「いや、オレは蛮が好きだけど、蛮がオレを好きかどうかは、聞いた事がないからなぁ」
「そりゃ…ねーけど…」
「だったらいいな、とは思ったんだけどな」
そういう事を言うのが苦手な蛮。言葉にしなきゃいけないのかと考え込んでしまうところも愛しくて、邪馬人はわかってるというように、さらさらの髪を撫でた。
「そっか〜、蛮はオレといられれば幸せだったんだな。オレも蛮といるだけですげー幸せだぞv」
「邪馬人も…幸せなのか…? オレなんかといて…」
本当に嬉しそうに抱きついてくる邪馬人に、おそるおそる確認する。
それこそ「だったらいいな」と蛮が思ったことだった。無理だろうが、それでもそうだったらどんなにいいだろうと。
「違うぞ、蛮。間違えるな」
そう言った途端にびくりとして、泣きそうな顔をする蛮が、可哀想で仕方がない。
「お前『なんか』じゃないぞ。蛮だからだ。蛮といるから、幸せなんだ。…あ、卑弥呼といても幸せだけどな」
嬉しさと、本当のことだろうが付け足すようなその言い方に、自然に笑みがこぼれる。
「なんだか、うそくさいな…卑弥呼に言ってやろっと」
「お、告げ口する気か? そんなこと考えるやつは…こうだ!」
片手で蛮をホールドしたまま、邪馬人はもう片方の手で蛮をくすぐりだした。
「あははっ、やめ、邪馬人っ、くすぐんな…あははははっ」
「ほらほら、卑弥呼には言わないと約束しろ、蛮♪」
「するする…いわねぇからっ…」
すぐ降参した蛮に、邪馬人が手を止めて、抱きしめていた腕も緩めた。
と、するりと邪馬人のそばから離れ、距離をとると、蛮はぺろりと舌を出した。
「…多分なv」
「多分だとー?」
逃げる蛮と、捕まえようとるする邪馬人。しばらく鬼ごっこをした後、二人は息を乱しながら、笑い合った。
小雨のぱらつく中、蛮は一人、人気のない淋しい場所に立っていた。
12月17日。夕方。
「…邪馬人」
邪馬人が眠るというその場所。邪馬人であった時の温かさの欠片もない、冷たい石を蛮はそっと撫でた。
この場所を、誤解が解けた卑弥呼に聞けたから。本当は邪馬人の命日にも来たかったが、当時の事をまざまざと思い出してしまい、とても足が動かなかった。
「今日はオレの誕生日だけど…邪馬人、まだ祝ってくれる気、あるか…?」
煙草に火を点ける。邪馬人の一部のようなマルボロの匂い。体に悪かろうが、未練だと言われようが、やめることも変えることも出来ない。
軽く吸って、石の前に置く。
そうして冷たい砂利の上に、蛮はぺたりと座り込んだ。
「そばにいても…いいよな。邪馬人はもうオレといたくないかもしれねぇけど…今日だけ我侭…言ってもいいだろ…」
邪馬人はもう自分に笑いかけてはくれないだろう。笑ってくれないどころか、顔も見たくないと拒絶されても仕方がない…そんな思いが、ここに来る事をためらわせ、こんな時間になってしまった。
冬の短い日はとうに落ち、雨の日のほうが気温は高いとはいえ、濡れれば簡単に体温は奪われていく。
しかし蛮は寒さを感じなかった。
「邪馬人…」
うつぶせて、ぼんやりと立ち上る煙を見ている。
結局、聞くことが出来なかった、祝いの言葉。果たされなかったたくさんの約束。
「…完璧なウサギりんご、楽しみにしてんだけど…なぁ、邪馬人……」
数時間後。
すべてが死に絶えたような静寂の中、ぱさりと蛮の肩に上着がかけられた。
夢から醒めたように蛮が顔を上げると、銀次が心配そうに立っていた。
「…銀次」
「ごめんね、蛮ちゃん、邪魔しちゃって。でも…もう帰ろう? 風邪引いちゃうよ。もう…日付が替わったし、さ…」
誕生日の間はそばにいたいのだろうと我慢していたが、もういい加減、そのまま邪馬人の所へ行ってしまいそうな蛮を見ていられなかった。
「ああ…悪ぃ」
呟いて立ち上がろうとする。
しかし冷えと、長時間同じ体勢でいたせいで、体が固まっていた。
ふらついたところを銀次が抱きとめる。
「蛮ちゃん…冷え切ってるよ…」
タオルで、濡れた髪を拭いていく。優しい仕草に蛮は少しくすぐったそうに笑って、銀次の頬に触れた。
「んだよ…オメーも冷えてるじゃねぇか。いつからいたんだよ」
「だって…蛮ちゃん帰ってこないかもって心配だったんだもん」
「…ばーか…別に死ぬ気はねぇよ」
「うん…帰ろう?」
「ああ…」
銀次が、離さないというようにきつく手を握ってくる。
最後に振り向いた途端、墓の方から冷たい風が吹き付け、それが邪馬人にもう来ちゃいけないと言われているようで、銀次の温かい手を感じながら、蛮の瞳に涙がにじんだ。
END
うちの場合、邪馬人が死んだのは蛮ちゃんの誕生日前なので、
邪馬人が死んで、銀次と組んで一年以上経っている事になると、
最短でもこの時点で、邪馬人が死んでから二年が経っている事になります。
あ、誕生日前に銀次と組んでれば、一年ってこともあるか・・・。
でもどちらかというと、二年以上のほうかな。
それだけ経っても、全然忘れられない人に逢えた蛮ちゃんは、
幸せなのか不幸なのか。
コレを書いた当時のお友達に「(最後に)何で風吹かすかなーっ」と怒られたのも、
9年も経った今になってはいい思い出です。