?×蛮(ねこ)

 「ちーっす、波児。ブルマン1つな」

 カララーンと鐘の音を鳴らして、蛮が入ってくる。

 誕生日だっていったって、何も変わらないな。まあ、変わりようもないか。

 あ、だが、微妙に上機嫌…か?

 「おう。今日はおごってやるぞ」

 「ああ、そのつもり」

 って、おい(苦笑

 「ついでに、モーニングと、昼飯と晩飯もおごってくれな。ごちそうさん

 たいして感謝もしてなさそうに呟いて、それで終わりかよ…しょうがねぇなぁ。

 それでも蛮だから仕方がない、と思う辺りでオレの負けなんだよな…。

 諦めて、コーヒーとモーニングの支度をしながら、いつもの席に座り込んだ蛮に聞いた。

 「って、お前、夜まで居座る気なのか?」

 「ああ、用が済みゃ、帰るけどな」

 用?

 「銀次はどうした?」

 「さあな…今日は別行動だから、しんねー」

 「お前の誕生日なのに一緒にいないなんて、らしくないな」

 「あいつはそばにいたがったけどな。オレにはオレの用があんだよ。いいじゃねぇか、年がら年中一緒にいんだから、誕生日くらい一緒にいなくてもよ」

 誕生日だからこそ、一緒にいて祝いたいもんじゃないのか?

 蛮のこういう冷たさ、というか、鋭いくせに微妙に人の感情に鈍いというか、故意に踏み潰してるんだかってところが…なんていうか…心に引っかかるんだよな…。

 本来人懐っこくて、淋しがりで優しいヤツだと思うんだが、そことのアンバランスさに魅かれるっていうか…。

 「ほらよ」

 ブルマンを淹れてカウンター越しに渡してやると、少し香りを楽しんでから飲んで、満足そうに笑った。

 「やっぱり波児のコーヒーが一番だな。こないだ仕事先で飲んだコーヒーのまずい事ったらなかったぜ」

 「おだてても、おごりは今日だけだからな」

 「ちぇっ、そんなんじゃねーっての。やだねぇ、ひねくれた大人は。素直な感想も歪めて取ってよ」

 「ひねくれたガキが何言ってやがる。お前が素直な時はなんか裏があるんだよ」

 「裏、ねぇ…まあ、あるかもな」

 意味深に視線を流して、くすりと笑う。途端に雰囲気が、乱暴な口調の子供から、闇の雰囲気へと変わる。

 赤屍にも似たこの顔も、蛮の顔の一つだ。裏に通じた俺にすら、危険を感じさせる、それでいて酷く魅惑的な…。

 「波児…」

 名前を呼ばれるだけでもどきどきするなんて、オレの方が十代のガキか?って感じだが。

 「なんだ?」

 蛮と目を合わせないようにしながら、努めて冷静にそう返したが、それでも雰囲気に飲まれていたのか、蛮の言った意味が一瞬掴めなかった。

 まあ、あまりにもその雰囲気とは違う日常的過ぎることだったからかもしれんが…。

 「ベーコン、焦げてんぜ?」

 「…あ? うわっ」

 …消炭だ。

 「おいおい、オレに見惚れてたのかよ? そんなもん、モーニングにださねぇでくれよな」

 くすくす笑って、新聞を広げる蛮。…やっぱり今日は、何か上機嫌なんだな。

 消炭と化したベーコンを捨てて、気を取り直して新しいものを火にかける。

 「そういや、蛮。本当にパーティしなくてよかったのか? 夏実ちゃん達、残念がってたぞ」

 そう、本当ならここで今日はパーティのはずだったのに、主役がいらねぇとか言い出したせいで、キャンセルになったんだ。

 だからどこかに出かけるのかと思ったんだが…ここに夜までいるらしい。なら、やったっていいだろうに。

 まあ、オレは準備も片付けもなくて楽でいいが。

 蛮は、新聞から目を離さず、そっけなく言った。

 「あ? ああ、いらねぇよ。もともと大人数でいるのは好きじゃねぇんだ」

 根っから周りに人がいるのが好きな銀次と違って、蛮は気質的に一匹狼だからなぁ。

 「んなことより、波児。この記事、どう思うよ?」

 それを読んだ時、オレも引っかかった同じ記事を蛮が指しているのを見て、ベーコンをもう一度焦がさないようにしながらも、オレは意見を語りだした。

 

 

 結局蛮は、晩飯どころか、夜食まで食った…もちろん、オレのおごりだ(嘆息

 今日も、あと30分ほどで終わる。

 あの後、ここにいることが多い蛮を捜して、何人か祝いに来た。が、どいつも蛮の待ち人ではないらしく、対応のそっけなさといったら、見ているこっちが哀れになるほどで。

 いや…蛮は誰かを待っているわけじゃない…のか? 待ってるにしては、外を気にするとか、ドアの鐘の音に反応するとかがないしな…。

 一体何だったんだ? 蛮の用ってのは。

 「んーっ…やっぱダメかぁ…」

 座り続けた椅子からようやく立ち上がり、大きく伸びをしながら蛮が呟いた。

 「何がだ?」

 「あ〜…祝ってほしいヤツがいたんだけどな…ダメみてぇだわ」

 何だ、やっぱり人を待ってたのか。

 「そいつは今日お前が誕生日だって、知ってるのか?」

 「知ってる」

 「お前がここにいることは?」

 「知ってる」

 「うっかり忘れてるとかは…」

 「ありえねぇ」

 …じゃあ、祝う気がないって事か…。

 「向こうから言わせたかったんだがな…しゃーねぇ、直に強請ることにすんぜ」

 「そうだな…今日ももう終わるしな」

 蛮が祝ってほしいヤツ……今日来たヤツラ以外となると、邪馬人しか思いつかないが、まさか邪馬人が来るのを待ってたわけじゃないだろうしな…。

 気にならないって言ったら、嘘になるよな、やっぱり…。

 考え込んでいるオレに蛮はくすりと笑って、カウンターから身を乗り出してきた。

 「ところで、波児。オレ、まだ聞いてねぇんだけど?」

 「何をだ?」

 「波児は、オレの誕生日、祝ってくんねぇの?」

 …ああ、そういや、オレも言ってなかったか。

 「誕生日おめでとう、蛮」

 「…ダンケv」

 こっちが一瞬驚くくらいの、めずらしい全開の笑顔で蛮は言って、軽く口付けてきた。

 …そんなに嬉しかったのか? って…おい…?

 「蛮ちゃーん、用事終わった〜?」

 「おう、ちょうど今終わったぜ。いいタイミングだな」

 飛び込んできた銀次に、蛮がそんな受け答えをしている。

 いや、そんなことより。今日の蛮の言動を考え合わせると…蛮の待ち人ってのは。

 「じゃ、帰るか」

 「うん、波児さん、おやすみー」

 手を振る銀次の向こうで、蛮が楽しそうにオレを見て笑っている。

 「ちょっと待て、蛮…っ」

 「ごちそーさん、またな、波児♪」

 オレの制止も聞かずに、さっさと蛮は出て行ってしまった。

 …蛮が祝ってほしくて、一日待ってた相手ってのは…オレなのか…?

 

END

 

 

まあ、読んでる方にはばればれだろうと思ったんですが、
待たれてた当人が最後までわかってなかったので
「?×蛮ちゃん」にしてみました(笑
でもこれって、波蛮って言うより、蛮ちゃん→波児みたいですね。
いや、波児もちゃんと蛮ちゃん好きですけど。
しっかし、銀蛮書く前に波蛮書いちゃう辺りが、
実にうちらしいですよね〜(笑
茨道っていうか獣道まっしぐらって感じで。
邪蛮? あれは王道でしょうv
でもやっぱり、三人称より一人称の方が書き易いな…(苦笑