わたしを殺さないで(蛮雷)
蛮を見るたびに感じるこの胸の痛みは…
「憎しみ」なんだろうか…
「………」
目が覚めた時、最初に見えたのは蛮の横顔だった。月光に照らされて、相変わらず煙草を吸っている…。
綺麗…だな。性格はともかく、蛮の顔はとても綺麗で好きだと思う。
ずっと見ていたいくらいに。
「…目ぇ、覚めたか?」
ちょっと笑いながら伸ばされた、蛮の手を払って起き上がる。
…なんでこいつは銀次が好きなくせに、俺に笑いかけて、手を伸ばしてくるんだろう。
『俺』という存在を消そうとするくせに、俺が現れれば一瞬嫌な顔をするくせに、どうして抱きしめて名を呼ぶ?
そして…どうして俺は、伸ばされる腕に最後まで抵抗することが出来ないんだろう…。
「っ…」
「痛ぇか? ちっと無理させちまったかな…」
動いた拍子に走った痛みに、微かに声をあげたのを聞きとがめて、性懲りもなく手を伸ばしてくる。
誰のせいだと思っている。それにもうすぐ消える俺が痛みを感じようとどうだろうと関係ないだろう? お前だって俺の消滅を願っているんだから。
手が触れる前に払って、睨みつけた。
「心配するくらいなら、始めから無理させるな」
「確かにな…悪ぃ。オメーに逢えたのが久しぶりだったから、つい、な…」
久しぶりだったから、何だって言うんだ? 俺に逢いたくなんかないだろうに。
俺を嫌っているだろう? ずっと銀次のままで居ればいいと思っているよな?
だから俺を銀次の中に押し込め、出られないようにして、俺の存在価値を無くしていくんだ。
俺は銀次を護る存在。誰かが銀次を護ってくれて、現実から逃避しなくなるくらい銀次自身が強くなれば、俺は必要なくなる。
お前が銀次を護り、お前が銀次を強くする。
お前が俺を殺すんだ。
「もうすぐ永遠に逢わなくなる。銀次が強くなれば、俺は必要ないからな」
「………」
「お前の望みどおりだ…嬉しいだろう? 蛮…」
「雷帝…」
「…軽々しく呼ぶな」
お前に呼ばれて見つめられると…何故だか、抵抗できなくなる。
その魔性の瞳の魔力なのか?
「きれーな顔して、冷てぇ事言うなよ…」
綺麗? そんな言葉は言われたことがない。それに、それは銀次のための言葉だ。
綺麗で純粋な銀次。俺はただ、銀次を護るために、銀次の敵を殲滅するために、強くありさえすればよかった。そのためには余計な感情も表情も必要なかった。銀次の持つ豊かなそれらの代わりに、俺は強さを持っていたから。なのに…。
「雷帝…」
なのに、蛮に逢って、俺は持っていた強さと引き換えに、つまらないいろいろなものを持つようになってしまった。
蛮以外に俺の名をそんな穏やかに呼ぶ奴はいない。蛮以外に俺に触れてくる奴はいない。例えば蛮が銀次を傷つけたとしても、俺はもしかしたら蛮を倒すことを躊躇するかもしれない…。
こいつが全ての元凶だ。蛮の存在、その全てが俺を弱くさせ、俺自身を消滅させようとする。
こいつを消さなければ、俺が消えてしまう。そうわかっていても…頬に触れてくる指の長い大きな手や、押し当てられる唇や、俺が今まで見た物の中で一番綺麗だと思うその瞳が消えてしまうよりは、俺が居なくなった方がマシだと思う。
この思いは…一体、何なんだ。
「どうした…? んな、泣きそうな顔して…」
「泣きそうな顔なんかしていない」
俺がそんな顔するわけがない。銀次と違って、涙なんか出ないからな。
「してるって」
「してないと言っている」
「オメーの顔を見てるオレがそう言ってんのに、なんで信じねぇんだよ?」
「お前の言うことは、嘘ばかりだからな」
そう…嘘ばかりだ。綺麗だの、可愛いだのと…そんな見え透いた嘘を、散々繰り返して。そんな事を言われれば俺が喜ぶと思っているのか?
いや…違うか。こいつが俺を喜ばせる謂れはない。ということは…嫌がらせか。銀次と比べて、からかっているわけだな。
無意味な事を…銀次と比べたところで、俺が勝っているのは強さだけだというのに。
そのくらい、俺でもちゃんとわかっている。全ては銀次のものだ。
愛らしさも、人望も、向けられる温かな思いも、豊かな感情も、陽光の下も…この手も。
「信用ねぇなぁ…」
伸ばされるこの手に触れられるべきは俺じゃない。
月光に煌めく紫紺の瞳に見つめられるのは、銀次のはずだ。
こんなことは間違っている。気紛れとはいえ、恋人が自分以外に…それも俺なんかに触れたら、銀次が悲しむ。
手を払えばいい。電撃を出して拒絶すれば、遊びで痛い目になんか遭いたくないだろうから、すぐに俺を封印して銀次に代わらせるはずだ。
わかっている、それが正しい。わかって…いる。
「雷帝…」
「呼ぶな…」
その声で呼ぶな。俺に触るな。その瞳で見るな。
やはりお前は元凶だ…蛮。お前がそばにいると、俺は俺じゃなくなる。
銀次の敵を殲滅し、銀次が悲しまないようにするために俺はいるのに、たかだかお前の手を払う、そんなことさえ出来なくなる。
信じられない…頭ではこんなにはっきりわかっているのに、体が動かないなんて…。
美堂蛮が元凶なんだ。こいつのせいで、俺の存在が揺らいでしまう。
わかっているのに何故俺は、解放されるとこいつの姿を捜してしまう?
こいつの傍に長く居れば居る程ダメになっていく。なのに…わざと会話を引き伸ばすような真似をしてしまうのは何故だ。
蛮が俺以外を見ている時、その横顔から、いつまでもいつまでも目が離せないのは…。
―――わからない。俺は、この蛮に対する思いに付ける名前を知らない。
俺がわかるのは、銀次を守らなければいけないという思いと、あとは敵に対する、怒りと憎しみ。それだけだ。それ以外は感じたことがない。
『憎しみ』…なのか…? これは……
「…なぁに、泣いてんだよ、オメーは…」
「泣いてなどない」
何度同じ事を言わせるんだ、こいつは。
「ったってよ……ま、いいけどな」
蛮は何か一人納得して苦笑すると、突然俺の後頭部を掴んで、自分の胸に俺の顔を押さえつけた。
「な…っ」
なんなんだ、いきなり!?
「離せっ」
「いーから、しばらくおとなしくしてろよ」
一体、何がいいんだ!?
離れようとしても、蛮の腕に押さえつけられて離れられない。
仕方なく、俺は力を抜いた。
「この…馬鹿力…」
「ああ、そうやって、全部オレのせいにしとけよ」
?
俺が力を抜いたせいか緩んだ蛮の腕に、顔を上げて俺は蛮を見つめた。
「お前のせい以外に何がある…?」
至近距離の蛮の顔。ああ…やっぱりこいつの瞳は、すごく綺麗だ…。
「…っ、ほんっとにオメーって無自覚なのな…」
? また訳のわからないことを言う。時々、本当にこいつの言うことはわからない。
「だから、何が…っ」
…っ、いきなり口を塞がれた…。いや、口を塞ぐ、じゃなくて、『キス』って言うんだったか?
違う、今は名前なんかどうでもいい。
「ば…」
「おとなしく…してな」
低く呟いて、俺の体を両手で締めながら、何度も唇を押し付けてくる。
…っそんな風に…されると……ぼーっとして、体から力が抜ける…。
眩暈がするような不安定さに支えが欲しくて、俺は蛮の体にしがみついた。
「……雷帝…」
狂って…いく。蛮のせいで、俺が、銀次が…俺と銀次の関係までも…。
「蛮…」
蛮…俺を殺すな。
いや、違う、殺してもいい。銀次に俺が必要ないなら、俺は消えたって別にかまわないんだ。
ただ…。
「……」
蛮の顔に触れてみる。綺麗な…蛮。綺麗なのに…
なんで胸が掴まれたように、ぎゅっとするんだろう…。
「雷帝…?」
俺を殺せばいい。そうしてその後、銀次と幸せに暮せばいい。
ただ…俺を殺す瞬間だけは、銀次のことを考えないでほしい。
一瞬だけでいいから。その後は俺が居たことなんか忘れてかまわないから。
その瞬間だけ…蛮の心を俺に。
銀次じゃなくて、『俺』の事だけを。
綺麗な青紫の瞳にも…俺だけを。
ダメかな…銀次。
「…蛮……」
俺から顔を近付けて、唇を押し付ける。少し見開かれた瞳に映った俺…情けない顔をしてるな…これが蛮の言った「泣きそうな顔」か…?
そんな自分の顔を見たくなくて、蛮の肩に顔を埋めて、もう1度しがみつく。
「雷帝…」
間近で蛮の声…。
蛮に呼ばれるとおかしくなる…おかしくなるけど…蛮に呼ばれるのは嫌いじゃない。
嫌いじゃないから…もっと呼んでくれ…蛮。
「……」
蛮に、体を締められるとどきどきする…。銀次のための、腕なのに…。
ごめん…ごめん、銀次。こんな望みを持ってしまって…。
銀次を守るためだけに俺はいるのに、心の一部が銀次でない奴のことを考えてる…。
銀次…誰より大事だ。俺はお前の幸せを、俺の存在全てをかけて、願っている。
だから……
一瞬だけ…消える前の一瞬だけだから
蛮に思われたいと願っても…
許してくれるか…? 銀次……
END
うちの二大せつなさ担当、邪馬人兄ちゃんと雷様。
昔々、一人の銀受けさんと仲が良く、毎晩のように銀(雷)受けなり茶をしていた頃に書いてみたものです。
蛮雷を書いたのはこれ一本っきり。コレ以外書く気がなかったのか、言いたい事の全てが詰め込まれている感じで、ちょっとしつこいですね(^^;
雷様、攻になると銀次と蛮ちゃんを奪い合うような所が多いけど、多分うちのは攻になってもこんな感じじゃないでしょうか。
さすがにこんなに乙女じゃないかな…(^^;
でも、自分の蛮ちゃんに対する思いが何なのか、きっと彼にはわからないと思うので。
わからないまま、惹かれていくわけです。
そして蛮ちゃんも、銀次であって銀次でない存在に心乱されて・・・ドリームvv
タイトルは谷山浩子さんの歌から。
「愛してくれないまま 私を殺さないで 彼女を思いながら 私を殺さないで」
歌詞と内容はちょっと違いますが、そんなイメージで。
最後の「・・・・愛して」がせつないです。
20030427