独占欲(銀雷)

 「雷帝雷帝、いる…?」
 目を閉じて、自分の内側に向かって呼びかける。
 そうすればいつでも現れる、愛しい影。自分であって自分でない、もう一人の自分。
 雷帝
 「もちろんだ…どうした? 銀次…」
 同じ顔のはずなのに、氷の美貌といえるくらいに整って見える。ガラスのような感情を映さない色の薄い瞳が、自分に向かう時だけ柔らかな感情を表すのが嬉しくて、何度でも見たくて。
 自分を守るためだけに存在していたはずの雷帝が、自分以外にも心揺らされる相手を見つけてしまったことには、今だけでも目をつぶって。
 愛しさのままに、銀次は雷帝の首に腕を回してしがみついた。勢いの付いた銀次の体を支え切れずに、しがみつかせたまま、雷帝はへたりと座り込む。
 「銀次…?」
 「なんでもない…雷帝に逢いたかっただけ」
 首にしがみついたまま、半分だけ本当のことをつぶやく。無駄なことはわかっているけれど。
 でもそれも本当。大理石のように白く滑らかなのに、温かな体に抱きついて、首筋に顔を埋めて雷帝の匂いを感じていると、とても安心するから。
 確かな存在。唯一無二の相棒である蛮が万一銀次から離れていくようなことがあっても、雷帝だけは、ここにいる。銀次が望む限り、ずっとそばに居続ける。その安心感。
 自分は一人ではないと思える。本当はどこまでも一人だったとしても。
 くす…と笑う声がする。その自分への愛を感じる甘い声音。それを聞くと、雷帝の事を『怒れる暴君』などと呼んだ奴らは本当に何にもわかってないと思う。
 暴君など、雷帝から一番遠い言葉だ。このいつまで経っても人に慣れない、子供のように純粋な雷帝のどこが暴君なのだろう。
 しかしその何もかもが、銀次の雷帝への執着を強めさせる。暴君と呼ばれたことにせよ、銀次の望みで銀次の大切なものたちを守るために戦った結果であるし、雷帝を知る大半の人間に理解されずに恐れられていること、その中で自分は本当の雷帝を知っているという優越感。銀次が無体なことを望んでも、多少抗っても最後には銀次の言うなりになってしまうことも、銀次の我がままによって酷く傷ついたとしても、それでも銀次を誰より大事に思うことも、すべてが愛しい。
 「銀次は嘘つきだな…。あんな女の言うことなど気にするな、お前は雷帝ではなく、天野銀次なんだからな」
 雷帝はたいていの場合、銀次の内側から表の世界を銀次と共に見ている。銀次の危機に素早く入れ替わり戦うために、状況を把握している必要があるからだ。
 雷帝が表に出ている時、銀次の意識は塞がれる。銀次には耐えられない事実を見せないために、と雷帝は言う。いつかは銀次が表に出て現実を知る以上、過程を知らなくても結果を知ってしまえば変わらないのだが。
 (結局、雷帝もオレってことなのかな)
 あんまり頭良くないよね…と、自分を棚に上げるわけではないが、思ってしまう。そんながむしゃらに銀次を守ろうとするところも、嬉しくて愛しいのだけれども。
 ぽんぽんと子供をあやすように背中を叩いてくれる手が、くすぐったくて気持ちいい。
 あんな女…影蜘蛛が、銀次を雷帝だと思って怯えと驚愕をないまぜにしたような表情をしたことで、銀次が傷ついていると雷帝は思っているらしい。
 (大はずれ、なんだけどね…)
 「あんなの全然気にしてない…でも、ごめん」
 最後の「ごめん」がわからないらしく首を傾げつつも、強がりだと思ったのか雷帝は銀次を抱きしめた。
 あの時、喜んでしまった。怯えた影蜘蛛を見て。雷帝が未だに恐れられ、嫌われていることに。
 もっともっと、誰も雷帝を好きでなければいい。みんなに嫌われてしまえばいい。
 そう願ってしまった。…なんて醜い。
 (でもきっと…)
 腕を雷帝の首から体へ回し直して、擦り寄る。
 (オレだけが雷帝のこと好きなら、こんなオレだって雷帝はずっと好きでいてくれるよね)
 好かれるのは嬉しい。嫌われるのは悲しい。
 わかっていながら、雷帝が嫌われるといいと望んでしまう、そんな最低な自分でもきっと。
 (取らないで…誰も、オレから雷帝を取らないで…)
 抱きしめる腕の強さで、自分に雷帝の心を繋ぎ止められるのならば、壊れるくらい抱きしめるのに。
 痛いほどに抱きしめてくる銀次に、雷帝が訝しげに声をかけた。
 「…銀次?」
 「雷帝……」
 腕を緩めて、不思議そうな表情の雷帝に軽く口付ける。
 「…っ」
 もう何度もキス以上のことだってしているのに、極軽い口付けにすら、色白の顔に朱を散らして困ったように目を伏せてしまう雷帝が愛しい。
 いつ見ても少女のように純な反応に、笑ってしまう。
 「雷帝って、ほんとにこういうこと、慣れないよねぇ」
 くすくすと楽しそうに笑う銀次に、何と言ったらいいかわからなそうに、それでも言葉を紡ぐ。
 「…戦い以外の、体の接触は慣れていない、からな…」
 「オレとは何度もしてるじゃん?」
 「そうだが…普通じゃないだろう? こんな事は…ましてや、俺達は…」
 「好きな人に触りたいのは普通だよ。好きな人同士がえっちするのも、普通。それとも、雷帝はオレの事なんか好きじゃない?」
 ずるい聞き方。いつもと同じ言葉が返ってくると、わかりきっているからこそ、聞ける。
 「そんなわけないだろう…好きだ、銀次」
 「うんv オレも雷帝、大好きv」
 穏やかな、自分への思いが篭った甘い声で綴られる、優しい言葉。
 何度聞いても気持ちがよくて…何度聞いても、失くす日の事を考えて、寒気がする。
 「好き…だよ…」
 吐息のように呟きながら、もう一度口付ける。途端に目をきつく閉じて、体を硬くする雷帝が愛しくて…もっともっと自分の事だけを考えて欲しくて、そっと押し倒した。
 ぎょっと目を開く雷帝
 「…っぎ、銀次…また…?」
 「うん…しよう?」
 まさか…という表情が、銀次の肯定で凍りつく。
 「やっ…いやだ、銀次っ、もう許し…っ」
 怯えた表情で、腕を突っ張り、銀次を押し退けようとする。
 そうされても仕方がないのはわかっている。何度しても慣れることが出来ないのを知っていながら、雷帝にセックスを強要しているのだから。
 しかも、ここのところ酷く頻繁に。抱かれた雷帝の体力が回復せずに、銀次の体を抱き止める事すら出来ないほどに疲れ果てさせて、それでもまだしたいという無茶を言えば、拒絶されても当然で。
 それでも。
 「雷帝…っ!」
 強く呼んで、雷帝の両手を頭上で押さえつけてしまう。
 押さえつけられたことよりも、その声にはっとして、雷帝は暴れるのをやめ、銀次を見上げた。
 「オレのこと…拒絶しないで。雷帝だけは…やだって言わないで…っ」
 拒絶されるようなことをしている。されて当たり前なのだと、嫌というほどわかっている。
 それでも「絶対」が欲しい。何をしても嫌われることはないのだと、自分は捨てられないという確証を熱望している。
 こんな酷い事を繰り返せば、いつか愛想をつかされてしまうだろう。それでも、試したいのだ、どこまで許してもらえるのかを。
 【こんな事しても、オレのこと好き? 嫌いにならない? 「オレだから」許してくれる? オレが大事? オレが望んだら、何でもしてくれる? ねぇ…オレが一番だって言ってくれる? 蛮ちゃんよりも…オレを選んでくれるよね…?】
 そんなことばかり考えて。
 親に天子峰に捨てられたことが、無条件に愛してくれる相手への、愛される自分への不信に繋がり、それらのせいでさらに「絶対」の存在を気が狂うほどに渇望することになる。
 飢えて、望んでいる。しかしその望みの強さの元になったトラウマが、さらに銀次の心を追い立てる。
 【信じられない、「絶対」なんてない。一番最初に、オレがどんなだって好きでいてくれるはずのオカアサンもオトウサンも、オレなんか要らないと捨てていった…。優しかった、オレを拾ってくれた天子峰さん…ずっと好きでいて欲しくて、一生懸命言う事をきいてたのに…『雷帝』の方が役に立つからって、『オレ』を捨てた…。蛮ちゃんだって…蛮ちゃんだって、いつかオレなんか要らないって言うかもしれない…。使えないオレなんかより、綺麗で強い雷帝の方がいいって……】
 【オレには何もない…っなんにも……誰もオレなんか愛してくれない。オレには雷帝しかない……雷帝雷帝もいつか、オレを捨てるの…?】
 「…銀次…」
 自分のすべてである相手の名前を呼んで、雷帝は力を抜いた。
 元は同一人物とはいえ、互いの思うこと考えることのすべてが相手にわかるわけではない。体は共有しているとはいえ、銀次と雷帝は「二人」に分かれてしまったのだから。
 それでも聞こえる。銀次の悲鳴のような叫びが。自分に助けを求めている。
 ならば、雷帝のする事は決まっている。「銀次を助けること、苦しみから救うこと」その為だけに自分は存在するのだから。
 その為に、「雷帝」という心が壊れても、存在が消滅しても、そんなことはたいした問題ではないのだ。
 望むのは、一つだけ。「銀次が幸せであるように」と。
 (…ああ、でも、もう一つだけ叶うといいな…)
 銀次が信じたくて苦しんで、それでもどうしても信じられないことが、銀次の心に届けばいい。
 「…雷帝…?」
 力を抜いた雷帝に、銀次が小さく呼びかける。
 不安げな表情に、雷帝は安心させるように笑みを浮かべた。
 「抵抗して悪かった。俺がお前を拒絶なんかするわけがないだろう? お前の好きにすればいい…俺は、お前のものなんだからな」
 「…うん…オレのもの、だよね…」
 押さえていた腕を離して、しがみつくように銀次は雷帝を抱きしめた。
 解放された腕で、筋肉がないわけではないのに柔らかな体を抱き返す。
 「ああ…これまでも、これからも、お前だけのものだ…銀次」



 END



 銀雷というか…銀次→雷帝と言うか。
 攻銀次だとあんまり捨てられたトラウマとかありそうにないんですが、受けの方だと不安で仕方がないみたいです。
 というか、この話終わってるのかな(^^; 
 ENDって付いてなかったから、書いてた当時の私はまだ終わらないつもりだったのかもしれません。
 もう書けないからENDつけちゃうけど。
 ここはどこなんでしょうねぇ…銀次のインナースペース?
 弥勒みたいに交互に表に出なくても会話は出来るイメージなんですけど。
 表に出たら、蛮銀で蛮雷なんだろうな。銀次がちょっと甘ったるい感じがするので。
 そして何処までもせつない雷様。銀次にどんなひどいことをされても嫌ったりは出来なくて、蛮ちゃんに惹かれてごめんなさいとまで思う。かわいそう…って私のせいですが(^^;



 結局、蛮受け以外は三つしか書けませんでしたが、ネタとしては、もうすぐ自分が消えると感じた雷様が蛮ちゃんにとどめを刺してほしいと願う「おしまいの日」と、雷帝と言う別人格がいた事も銀次の記憶から消して消えてしまった雷様の事を銀次が思いだすまでの「世界一不幸なトナカイ」という話が、ありました。
 「おしまいの日」は書きたいセリフだけ抜粋してあるんですが、このまま完成する事はないだろうなぁ。