自殺願望があるわけでは、決してないが。

 「ばばば、蛮ちゃんっっ! 危ないよ、事故っちゃうよ〜っ」

 「うるせぇっ、舌噛みたくなきゃ、だまってろっ」

 「みゃあぁぁぁぁぁぁ〜〜〜〜〜〜っっ」

 例えば、カーチェイスをしている時。

 ここでハンドルを切らなかったら。ブレーキを踏まなかったら。

 楽になれるんじゃないかと、稀に、思う。

 邪馬人の所へいけるのではないかと。

 「今日はほんとに死ぬかと思ったよ〜〜〜」

 なんとか無事に目的地に着き奪還を終えた後、助手席からよろりと外に出た銀次が、地面にへたり込みながらそう嘆いた。

 言われた蛮はタバコを吸いながら、軽く肩をすくめる。

 「そうそう死にゃしねーよ」

 「死ぬときは死ぬよ。それに死ななくても、怪我したら痛いじゃん!」

 「…オメーは怪我したって、コンセントに指突っ込みゃ治るだろーがよ…」

 「オレじゃないよ、蛮ちゃんのこと」

 「…………」

 「それに予定いっぱいなんだから、怪我なんかしてる余裕ないんだからね!」

 「予定…?」

 銀次の言葉に首を傾げる。

 この依頼以降、特に何も予定は入ってなかったはずだが。

 「なんかあったか?」

 「あるよ! 夏だから花火しなきゃいけないでしょ。あとお祭りにも絶対行かなきゃ!」

 海も行くでしょ、秋になったらお月見して…冬になったら蛮ちゃんの誕生日があるでしょ〜…と、「それは予定ではあるんだろうが、ちょっと違わないか…?」と突っ込みたくなるような、年中行事をずらずらと挙げていく。

 「…………」

 あきれた蛮が突っ込まずに放っておくと、銀次の予定は一年分を通り越してまた夏に入ってきた。

 「あ、七夕忘れてた! んで、花火して、お祭り行って、海行って、お月見して〜…」

 「っておい、その予定はいつまで続いてんだよ?」

 放っておけば何年分でも繰り返しそうな銀次に、さすがに突っ込みを入れる。

 それに銀次はけろりと答えた。

 「いつまでって、ずっとだよ?」

 「あ?」

 「オレと蛮ちゃんが一緒にいるかぎり、ずーっと。んでもって、オレは蛮ちゃんから離れる気はないから、いつまでっていうなら、オレが死ぬまで、かな」

 そう言って笑う銀次に、蛮は思う。

 (…やっぱりこいつが錨、なんだな…)

 銀次が錨。自分を“ここ”に繋ぎ止めるための。

 日本に。裏新宿に。光の側に。―――この世界に。

 明日も知れぬ身で、目の前だけでなく遠くを見つめる強い光が自分を照らさなくなったら…。

 きっと“ここ”から離れることを、自分は躊躇しなくなる。

 「…けっ、一週間後の飯もわからねぇってのによ」

 来年の七夕もないもんだと言いながら車に乗り込む蛮の口元は、柔らかく微笑んでいた。

 「蛮ちゃん?」

 「さっさと乗れよ、銀次。飯と…花火買いに行くんだろ?」

 「―――うんっ。おっきいの買おうね!」



☆☆☆



旦那の車の助手席で、ドアの取っ手を握り締めながら思いついた話(笑

別に荒い運転じゃないんだけど…どうも車とか苦手なのです(^^;

 

しかし、動いてる車に乗ってる二人、っつーか運転してる蛮ちゃんなんて、初めて書きましたよ(笑

20040704