弥勒夏彦(ねこ)

 「蛮…」

 ついさっきまで可愛く喘いで哀願していたというのに、終わって一息ついた途端、ふてぶてしい態度に戻って、手錠を外せと腕を突きつけてくる。

 まあ、これはこれで可愛いが。

 「んだよ」

 「屋敷に戻る気はないか」

 「まーたその話かよ? 大概しつけぇな、夏彦も」

 「諦める気はないんでな」

 外さないままに抱き寄せようとすると、躾の悪い足が飛んでくる。

 本当に…柄が悪くなったな…(嘆息

 飛んできた足首を捕まえると、大騒ぎで暴れる。

 「見ろ、酷い生活をしてるから、足首なんか一掴みだぞ」

 「人の足首掴んで、大股開かせてるんじゃねぇっ!! 離せっ」

 いい光景なんだが…まあ、本気で怒り出す前にやめるか。

 もう一度突き出された腕から手錠を外してやると、蛮はわざとらしく手首をさすりながら言った。

 「だいたいなぁ、こうやって適当に逢ってやらせてやってんだから、屋敷にいなくたって、変わりゃしねぇだろ?」

 わかってないのか? それとも誤魔化したいのか…どこが変わらないんだ。

 「全然違うだろうが」

 「何がだよ? 回数がたんねぇとか言う気か?」

 しらばっくれたいなら、お前の好きな理詰めで言ってやる。

 「お前は俺の所以外に帰る前提で俺に逢っている。こうしていても、お前は俺たち以外のことを考えている。お前を不特定多数の男と共有している。…どこが、昔と同じなんだ?」

 「…っ…」

 どれも嫌だが何が一番腹立たしいって、常に蛮の心を俺以外の人間が占めていることだ。

 それが天野銀次なのか、その蛮のものじゃないイニシャルの入ったジッポーの持ち主なのかは知らないが。

 反論できずに黙り込んだ蛮を抱き寄せる。

 細い…な。もともと食べても肉がつかない方ではあるが、これはやせすぎだろう。くだらん煙草など買わずに、ちゃんと食べればいいものを…。

 「帰ってこい…蛮」

 「嫌だ…屋敷には帰らねぇ」

 「何が嫌なんだ? ちゃんとした布団で眠れて、三食食べられて、お前の体は俺がちゃんと満たしてやる。欲しい物があれば言えばいい。どこが不満だ?」

 「…オレは、縛られんのが嫌なんだよ」

 そうか? 俺には蛮は自由を望みながらも、縛られることを好んでいるように見えるがな。

 「屋敷から出るな、というのが気に入らなかったのか? だったら、今度は多少は出かけてもかまわん。許可してやる」

 今ならそう簡単に拉致られたりしないだろう。毎日満たしてやれば、男に逢いに行くこともないだろうしな。

 「許可してやるって…お前なぁ!」

 俺の腕を払って、思い切り睨み付けてくる。

 何が気に障ったのか知らんが…怒っていても、蛮の目は綺麗だ。

 「蛮?」

 「その分じゃ、昔オレが何で屋敷を飛び出したか、全然わかっていやがらねぇだろうから言うがなっ」

 蛮が屋敷を出ていった訳…確かに知らんな。

 「オレはオメーがオレのことを物扱いするのが、昔っから大嫌いなんだよっ!」

 物扱い?

 「してる気はないが」

 「気はなくても、してんだよっ! 自分の所有物だと、玩具だと思ってやがんだよ、テメーはっ」

 叩きつけるように言って、蛮はバスルームに行ってしまった。

 …つまり、ずっと人間扱いされてないと、拗ねてたわけか? 可愛いやつ…。

 まあ、確かに蛮は俺のものだと思っているが。ちゃんと人間だとわかっているぞ?

 人間だからこそ…強がっていても、意外と脆いお前だからこそ、追い詰めて帰ってくる気にさせるのは大して難しいことじゃない…。

 お前が自主的に帰ってくるなら、その方がいいと思っていたが…まあ、お前が心を閉じてしまったなら、また開かせればいいだけの事だしな。

 なあ、蛮。以前、俺と出会った時には気にかける知り合いなど一人もいなかったお前にも、屋敷を出てから何人かできたようだな…?

 お前は魅力的で、隠してはいるが根は優しくて、その上淋しがりだからな…その気になれば、好意を持つ人間は山程出来るだろうな。

 その人間達を、一人ずつ傷付けていったら…お前は何人目で俺の元に帰ってくるんだろうな…?

 それとも…そうだな、天野銀次を傷付けた方が、手っ取り早いか? まあ、あの体質は多少厄介だが…別に真正面から行く必要もないしな。体が傷つき難いなら、心を攻めればいい。方法はいくらでも…な。

 早めに降参したほうがいいぞ…蛮。限界まで意地を張って、お前の心が壊れても、それでも俺は愛しているがな。

 俺はお前を諦める気はない。それだけ、憶えておけよ?

 

☆☆☆

 

元凶のわりには出番が少ない男、夏彦(笑
夏彦は、かな〜り蛮ちゃんを好きなようにできてしまうので、かえって書きにくいのです(^^;

夏もちゃんと蛮ちゃんのことは愛してるんですが…
なんというか、本当に一方的に好きなだけ、なので(^^;
蛮ちゃんに憎まれようとなんだろうと全然気にしないというか…嫌われるのが怖くないんで、やりたい放題なんですが(汗
蛮ちゃんのほうもちょっと「夏彦を怒らせると酷い事をされる」というトラウマがあったりするもんだから…(^^;
困った組み合わせです。好きなんだけどな〜夏蛮。