残暑

 「やっぱりうらやましいなぁ…雨流」

 あの『儀式』の後から何度も繰り返している事を、また銀次は言い出した。

 「いい加減、しつけーな、オメーも。何百回言ったら気が済むんだよ」

 本当にしつこいと思うので、大抵はもう放っておくのだが、こういう何気ない会話も嫌いではないので、蛮はたまにやはり同じ事を繰り返した。

 人命救助の人工呼吸のような事なのに、何故銀次は何度も何度も羨ましいと言うのかがわからない。キスぐらい、銀次とはそれこそ何回したか憶えていない位しているというのに。

 「だって、蛮ちゃんにキスしてもらったんだよ? 蛮ちゃんの方から! 絶対うらやましいよ〜」

 「だから、ありゃ儀式だって何べん言わすんだよ」

 銀次にしてみれば、そうやって『儀式だから』で割り切れてしまう蛮の考え方がわからない。

 そりゃあもちろん、そのおかげで雨流は生きているのだから、蛮が「絶対嫌だ」と突っ撥ねなかった事は喜ぶべき事なのだが、感情的には自分以外の男とキスするのを蛮に了解してほしくなかった気がするのだ。

 「ねーねー、蛮ちゃん…」

 「しねぇってのも、何度も言ってるよな? いい加減諦めろ!」

 「あう〜」

 これも幾度も幾度も繰り返した会話で。何度言ってみても、銀次には蛮からキスしてくれる事はなく…そんなこんなで、(銀次に言わせると)あまりにもそっけない蛮の態度に、銀次はため息をついてあまり考えもせずに思った事を口に出してしまった。

 「オレも死ねばよかったなぁ…」

 「――――っ…」

 そうすれば蛮ちゃんからキスしてもらえたのにさぁ…という、ただそれだけの気持ちで呟いた銀次は、隣でそれを聞いた蛮が表情を凍らせたのを見落とした。

 「…っかヤロー…」

 俯いて拳を震わせている蛮が小さく呟いた言葉で、ようやく銀次は蛮の様子がおかしい事に気付いた。

 「? 蛮ちゃ―――っ!」

 顔を覗き込もうとして、名を呼びかけた途中で、普段のじゃれあいとはまったく違う渾身の力で殴られた。

 「いっった…っ」

 うずくまった銀次を、さらに殴って蹴りつける。

 「痛い! ちょっと…ほんとに痛いよ、蛮ちゃん!」

 「テメェはっ!!」

 仁王立ちになって拳を振り上げている蛮の、泣き出しそうな叫び声に、銀次は体を庇うのも忘れて蛮を見上げた。

 自分の体の痛みよりも、何倍も痛そうな、傷ついた表情に、銀次は自分の失言にようやく気がついた。

 もう一度振り下ろされた拳に素直に殴られて、自分が傷つけた愛しい人を抱きしめる。

 「ごめんっ、蛮ちゃん」

 「ごめんじゃねぇんだよ! 本当に死にてぇんなら、オメーなんか、本当に…本当にっ…」

 『死んじまえ』と口に出すのも恐ろしい。

 自分が死ぬならかまわない。でも、自分以外の大事な人が死ぬなんて…恐ろしすぎて、冗談でも口に出来ない。聞きたくない。

 「ごめん! ごめんなさい。もう絶対言わないから…」

 「………もう一度言ったら、許さねぇ」

 「うん…ごめん」

 抱きしめている細い体からやっと力が抜ける。愛しい人をさらに深く抱き込んで、銀次は禁句を胸に刻み込んだ。

 (オレのバカ、バカ。蛮ちゃんは死ぬとかいなくなるとか大嫌いなのに…また傷つけちゃった…)

 「…銀次、ちょっと腕、弛めろよ」

 「あ、ごめん、苦しかった?」

 「そうじゃねぇけど…」

 ぼそぼそ言いながら俯いている蛮に、まだ機嫌が直らないのか…どうしよう、と思いながら銀次は言われた通りに腕を弛めた。と、俯いたまま蛮がぼそりと言い出す。

 「目ぇつぶれ」

 「へ? なんで?」

 「いいから、つぶれよ」

 「? うん」

 首を傾げながらも、素直に目を閉じる。

 「いいって言うまで、目ぇ開けるんじゃねぇぞ」

 「うん…」

 何かな…と思っていると、ふと蛮の手が頬にかかる。

 「ば、蛮ちゃん?」

 「黙って目ぇつぶってろって…」

 これってもしかして…と思いながらも、言われた通りに目をつぶっていると、予想通り口付けられた。

 (―――っ!)

 数秒重なっただけですぐに離れてしまったが、銀次が望んだ蛮からのキスに、目を開けるのも忘れて感激してしまう。

 蛮はわずかに頬を染めながら、照れからぶっきらぼうに言い捨てた。

 「これで満足かよ? もううざってーから、マリーアに強制されたみてぇなあんなキス、羨ましがんじゃねぇぞ」

 それは裏を返せば、今のキスは銀次の望みだから、もしくは蛮自身の意志だからということで。

 「うんっ! もう…蛮ちゃんてば…大好き!!」

 満面の笑みで蛮を抱きしめると、銀次はキスの雨を降らせた。

 「離せっ、銀次っ」

 「だーめv お返しだもんvv」

 本気でなく暴れる蛮を抱きしめながら、自分が傷つけても我儘を言っても、結局許して叶えてくれてしまう優しい蛮を傷つけないように、もうちょっと言動には気をつけようと心に誓う銀次だった。



END


 

残暑お見舞い申し上げます☆ミ

 どこが残暑見舞い?という突っ込みはなしでお願いします(笑
 なんとなく、合併号を読んでいて、銀次ならバカなこと言い出しそうだなぁ
と思ったので。
 本当に、もうちょっと頭というか、蛮ちゃんに気を遣ってあげようねぇ、銀次。
 …どうでもいいですが、一人称を書き過ぎて、三人称の書き方を忘れている…(汗
20020808