工藤邪馬人(うさぎ)

 本当はなぁ…声かけるの、やめようかと思ったんだよ。

 ずっとそばにいられるわけじゃないし…昼間から見てたら、蛮の奴、笑えてたし。

 今更オレが姿を現して、その後すぐにいなくなったら…蛮につまんない思いをさせるだけだろうしな。

 ってわかってんのに…今日もあと一時間ってとこで、蛮の前に顔出しちまった…。

 オレも我慢が足りないな。

 

 「や…まと……?」

 鳩が豆鉄砲食らったって、まさにそんな顔。そうだろーなぁ、いきなり死んだはずのオレが現れたら(苦笑)。

 「よっ」

 煙草を挟んだ手を上げて、かるーく挨拶。ま、今の俺の存在自体、冗談みたいなもんだしな。

 「…なんで、こんなとこにいんだよ…」

 「ま、七夕の奇跡ってヤツか?」

 「ぶっ…そんなん聞いた事ねぇよ………でも」

 蛮が自分の泣きそうな顔を隠すように、抱きついてくる。

…相変わらず、細いなぁ、蛮の奴。

 「理由なんかどーでもいいや……邪馬人ぉ」

 抱き返すと、さらに擦り寄って、ぎゅうっとしがみついてくる。うぅ…相変わらず犯罪的に可愛いな…ヤバイな、離せなくなりそうだ。

 

 しばらく、相手が消えないという確信が持てるまで抱きしめ合った後、ふと思い付いたように蛮が顔を上げた。

 「なぁ…七夕のってことは…今日中だけなのか? 居られるの」

 そんな、潤んだ瞳で一途に見つめられたら、とても言えないだろ。…実は、昼間から居ました、なんて。

 だってなぁ…本当に楽しそうだったから。卑弥呼は居なかったが、何人かとしゃべってじゃれながら、七夕の飾り付けなんかしてる姿は、本当にその年頃の子供で。オレの出る幕なんかないと思っちまったんだよ。

 って、蛮に言ったところで、納得しないだろうけどな(笑)。

 「多分、12時までだろうなぁ。シンデレラみたいだな」

 「…消えんのは、ガラスの靴なんかじゃねーだろ…っ」

 軽く冗談にしてしまおうとして…失敗。

 泣きそうな顔で、睨みつけられて、ちょっと反省。そうだよな、冗談になんかできないよな。まだ冗談に出来ない蛮が、可哀想でもあり、嬉しくもある。複雑だよなぁ。

 今が幸せなら、オレのことなんか引き摺ってほしくはないが、蛮の中で忘れられない痛みのままでいられることも、嬉しくないわけじゃない。

 ずっと大事にしてきた卑弥呼よりも、大事だと思った存在だから。

 幸せを望みながらも、いつまでも悲しみにくれていてほしい気もする。死んでも矛盾だらけだ。

 

 「なぁ…蛮。今、幸せか?」

 出来るならずっと手離したくなかった存在が、幸せだといい。オレを忘れないで、ずっと不幸なままより、忘れられてもそっちの方がずっといい。

 「…ああ。邪馬人が居なくても…オレはちゃんと幸せになってるから…。心配…すんなよ」

 「そっか…良かったなぁ、幸せになれて」

 今にもこぼれそうなほど鮮やかな瞳に涙を溜めて、それでも微笑む蛮が綺麗だ。

 ずっとやっていたように、ぐしゃぐしゃと頭を撫でると、くすぐったそうに笑って首をすくめる。

 春も夏も秋も冬もそばにいて、ずっとそんな笑顔を見ていたかったけど。

 「でも…忘れねぇから、邪馬人のこと。ずっと、死ぬまで忘れねぇから」

 「ああ…ありがとな、蛮」

 リミットが来ている。蛮が瞳を曇らせていくのが自分のせいかと思うと、やっぱり逢わない方がよかったのかもとも思う。

 それでも、もう一度繰り返しても、蛮の前に姿を現してしまうのだろうが。

 「蛮…」

 「…邪馬人ぉ…」

 蛮の手が、オレの服を何度も握り直そうとする。実体を失いかけているオレを掴まえる事が出来ずに、もう蛮はひたすらオレを見つめ続けるだけで…。

 蛮に対する愛しさと、これからずっと蛮と生きていく相手への小さな嫉妬から、蛮の頬を包んで、消える寸前、そっと口付けた。

 目を閉じた蛮の涙が地面に落ちる所までは、見届ける事が出来なかった………。

 

☆☆☆

 

邪馬人兄ちゃん。王道CPでせつなさみだれうち(何
好きなんだけど…どうにも切ない話にしかならないのが、ね。
いいよな〜、蛮ちゃんにはぴったりで。
この話の兄ちゃんは…まあ、神様の気まぐれってことで。


(2011年3月20日追記)
わあああああぁぁぁっっっ!
こんなに経ってから、恥ずかしいミスに気付いたっ
ガラスの靴は消えない!!
「…消えんのは、カボチャの馬車なんかじゃねーだろ…っ」
が正しいです。うわあああぁぁっはずかしいっっ
もーっ、誰か突っ込んでくれればいいのにーーーっ