夢(蛮銀)
だからね…本当はちょっと怖かったんだ。
あの時…蛮ちゃんを追いかけて無限城を出ようと思った時。
もしかしたら、蛮ちゃんも、オレが作った、本当はいない人間なんじゃないかって。
「なぁ…もしもよ…」
「んに……何、蛮ちゃん…」
抱き合った後、そのまま気持ちよく寝てしまおうとしていた銀次を、蛮の声が眠りの淵から引き戻した。
多分、返事をしないでいればそのまま眠らせてくれただろうが、大好きな相棒が自分に向けて話しかけてくれる言葉を聞き逃す気は、銀次にはまったくない。
ごしごし目を擦りながら、眠そうに返事をする銀次に、蛮は苦笑しながら、柔らかな金髪を軽く叩いた。
「わり。明日でいいわ」
「大丈夫…もしも、何?」
話を打ち切ってしまおうとする蛮をじっと見つめて聞き返す。
話出そうとしてくれた時に聞かないと、おそらく蛮は明日になっても話してくれないと、何となく銀次にはわかっているので。
「いや…つまんねぇことだけど」
蛮は言い出さなきゃよかったと少し後悔したが、聞く態勢に入ってしまった銀次に「やっぱ、いい」と言ってもしつこく聞かれるのは目に見えているので、歯切れ悪くもう一度だけ前置きをして、話し出した。
「あの時、オレが無限城に行かなかったら、オメーは雷帝のままで、もしかしたらその方が幸せだったんじゃねぇかな、って思っただけなんだけどな」
「あのまま…雷帝だったら…?」
「あそこならオメーの大抵の願いは叶うんだし、取り巻きもたくさんいて、みんなに大事に必要とされてて、食べるもんだって何の心配もなかっただろ?」
未だに取り巻きに愛されている、大事な相棒。今、手放せと言われても誰にも渡す気はないが、もしかしたら出逢わない方が銀次にとっては幸せだったのではないか。
今、幸せにしてやれているとは思えない事と、自分が人に好かれるとは思えない自信のなさが、たまに蛮にそんな無意味な事を考えさせる。
何も持っていない自分の、唯一の宝物だからこそ、幸せでいてほしいから。
「そうだね…みんな愛しててくれたよ。必要ともしてくれた。みんな無理してでもオレにはくれたから、オレは食べるものにも困ったことはなかった」
そう言いながらも、銀次の声は静かで嬉しそうではまったくなかった。
「でもね…みんなが愛してて必要としてたのは、強い『雷帝』だったから」
「…銀次」
「あのまま蛮ちゃんに逢わなかったら、きっと『オレ』は死んでたよ。強くないただの『天野銀次』は、誰にも必要とされないまま…。それでも良かったんだ。弱い『オレ』でいたって誰も喜ばないから…」
あの頃、銀次のすべてだった天子峰でさえ、『雷帝』が現れた後は、『銀次』には見向きもしなくなった。
ただひたすら捨てられたくなくて、愛していてほしくて何でもしたのに、『雷帝』の強さに魅せられて、支配欲でいっぱいになって…そうして蛮に逢った後、もう雷帝にはならないと言ったら、「雷帝じゃないお前に何の価値がある?」ととどめのように銀次の心を打ち砕いた。
酷い男だと思う。抵抗できない銀次を好きなようにして、いろいろなことを自分好みに教え込んで。
それでも嫌いだとは思えない。強くなければ生き残れない無限城だったから、二人で生き残るために力が欲しかったのかもしれないと思ってしまうのは、銀次が天子峰を少しでもいい人だと思っていたいからか、今が幸せだから優しくなれるのか。
「オレが喜ぶよ…」
無表情のまま呟く銀次を蛮はきつく抱きしめた。
淡々と話す銀次が痛々しくて、つまらないことを言い出した自分に腹が立つ。
「蛮ちゃん…」
「オメーが消える前に、あそこから救い出せて良かった」
「…うん、蛮ちゃんが来てくれて良かったv」
ずっと待っていた。孤独な帝王であり続けながら、自分以上の力を持つ、『雷帝』ではない『天野銀次』を見つめてくれる人を、ずっと。
「オレねぇ、蛮ちゃんが来るの、知ってたんだ」
えへへ〜と笑いながら、銀次も大好きな相棒の細い体に腕を回した。
(強くて、かっこよくて、綺麗で、頭いいのに…時々、脆い蛮ちゃん…大好きv)
一見、銀次など必要がないくらい強そうに見えるのに、ふいに不安の覗かせる蛮。一人で立っていられる完結した人間に用はない。弱いから、銀次が支えられる部分があるから、いとおしい。
自分が必要としているだけで、相手に必要とされていないなら、一方通行の片思いでしかないから。
必要として、必要とされるから、そばにいられる。だから、誰も代わりにはなれない。
お互いにただ一人の存在。
「オレが来んのを?」
「うんv 蛮ちゃん見た時…『あ、この人だ』って、思ったもん」
「デジャ・ヴュ、か…?」
「デ…??」
「既視感つって…体験した事がねぇはずなのに、体験したような気がする…まあ、一種の錯覚だな」
(錯覚…)
ぞくりと銀次の胸を、冷たいものが駆け抜けた。
それはあの無限城で自分が無敵だった理由がぼんやりとわかった時の、嫌な胸騒ぎに似ていた。
慌てて腕の中の蛮が幻ではないと確かめるように、きつくしがみつく。
「っ…どうしたよ、銀次?」
爪まで立ててしがみついてくる銀次に、ただならぬものを感じて、背中を叩いて宥めるように声をかける。
「ぁ…ごめん、蛮ちゃん…なんでもない…」
(大丈夫。ここは無限城じゃない。オレの望みなんか、叶うはずない。オレの蛮ちゃんは幻なんかじゃ、絶対ない………)
腕の力を抜いて、必死に自分に言い聞かせる。
そこへ絶妙なタイミングで、蛮の言葉がするりと入ってきて、銀次を楽にしてくれる。
「オレはここに居んだろ? オメーの想像力じゃ、オレみてぇな人間は作り出せやしねーから、安心しろよ」
「あは…そうだよね、こんなにかっこいいのに浪費家で、頭いいのにギャンブルが損だってわからないなんて、オレには想像つかないや」
「言いやがったな? オメーだって昼間の顔からじゃ、こんなにいやらしいなんて想像つかねーぜ?」
銀次の不安を完全に拭い去ってしまおうと、蛮が汗の引いた肢体をまたまさぐりだす。
「や…っ、ちょっとば…んちゃんっ…んっ」
本気で感じさせようとしている蛮の腕に、慣らされた体が快楽に抗えるはずもなく。
蛮が入ってくる頃には、銀次の中の不安は消え去っていた。
「…さん、銀次さん…」
「ん……ば………ちゃ…ん…」
「銀次さん、お休みのところをすみません…」
「……ん、あ…カヅっちゃん…」
無限城の一室。銀次が一人になりたい時に来る隠れ家のような部屋で、壁に寄りかかりながら眠っている所に花月が控え目に声をかけた。
ここにいる時は邪魔しない、というのが暗黙の了解になっているのに、わざわざ来るということは、四天王ではさばききれない緊急事態が起きたのだろう。
「何か起きた?」
(夢を…見てたな、めずらしい……)
気だるげに金色の髪をかきあげ、部下に問いかけながら、『雷帝』は夢の残骸に思いを馳せていた。
といっても、覚醒すると同時に夢は急速に崩れ、目覚めの直前に呼んだ気がする「誰か」の名前さえ、もう思い出せない。
(黒い…髪と、紫紺の瞳…?)
そんな人物は知らない。一番近いのは花月だろうか。そういえば、相手をちゃん付けで呼んでいたような気もする。
ふと自分の様子をうかがっている部下の瞳を見つめる。
(…やっぱり、カヅっちゃんじゃない。もっとぞくぞくくるような色気のある…)
「あの……銀次さん…?」
突然敬愛する雷帝に見つめられ、戸惑うように花月が問いかける。
「ああ…ごめん。なんでもないよ。それで?」
「僕達では対処できない事態が起きましたので、ご指示を仰ぎたく…」
「うん、わかった。じゃ、行こうか」
ずっと待っている。ここから出ようと言ってくれる人を。
もう、『雷帝』で居なくてもいいのだと、『天野銀次』のままでいいのだと言ってくれる人を待っている。
切実に願っている。わずかな恐怖と共に。
花月と共に、残りの四天王が集まる場に現れた時、雷帝の中から夢の中の人物は完全に消えていた。
そして雨の中、彼と出逢った。
「ここは“VOLTS”の支配エリアだ。すぐに立ち去ったほうがいいよ?」
血まみれの、自分と同い年くらいの少年。
「死にたくなければね!」
言いながら、どきどきした。この人だとわかったから。
理由なんてない。根拠も。でも、この人が待ってた人だと思った。
「へっ……やってみな…」
ここで『夢』は終わる。
それならば後に続くのは、夢のような現実。
しかしもしかしたら、ここからが『夢』の始まりなのかもしれない。
だとしたら、目が醒めた時には――――。
END
某銀受けさんに差し上げたもの。
蛮受け以外を書いたのは、コレが初めてでした。
よその銀受けは読んでたので、その影響か、攻な蛮ちゃんはギャンブラーなダメ人間に(w
コレでいいのか未だにわからない話。これで銀受けの人は面白いんだろうか…。
「もっとぞくぞくするような色気のある」ってところがやっぱり蛮受けの人ですね〜って言われたなぁ。