月見て跳ねる

 夜、車の中からぼんやり外を見ていると、樹の影に邪馬人の姿を見つけた。

 ? あんなとこでなにやってんだ?

 ざわりと風に煽られて、木立ちが揺れると、邪馬人はふらりと公園の奥へ消えてしまう。

 「―――っ」

 慌てて車から飛び出して、後を追いかける。邪馬人がいた辺りで周りを見渡すと、林を抜けた先にちらっと姿が見えた。

 「邪馬人っ」

 叫んだら聞こえないはずがない距離なのに、邪馬人は振り向きもせずに、いなくなる。

 なんだよっ、鬼ごっこかよ?

 どこか子供っぽいところがある邪馬人は、時々そんな事をするから。勝手にルールも決めずに始めた事なのに、捕まえられなかったりすると、得意になるから。

 捕まえて、食事当番一回押しつけてやるっ。

 勢い込んでスピードを上げる。歩道を走って、林を駆け抜けて。

 街中の公園だというのに妙に静かだ。ざわざわと風に揺らされる葉の音だけがする。

 闇と街灯と月明りが交じり合う、誰もいない見慣れた公園を邪馬人の後ろ姿を追って駆け抜ける。

 …にしても、速ぇな、邪馬人。いくらなんでもこんなお遊びに加速香使ってるわけじゃねーだろうに。

 っと! 邪馬人が止まってる。闇と光が交差する辺りで、明るい方を眺めている。

 よっしゃ、捕まえ―――っ…

 「…あ…?」

 『綺麗だなぁ、蛮。宝石みたいだな』

 いつか、邪馬人が夜の公園で噴水を眺めながら言った、そんな言葉。

 それはここの公園じゃねーけど、街灯が壊れてるせいで月明りだけにきらめく滝の水飛沫はあの時と同じように綺麗で。

 …いや、ちげーよ、今の問題はそんな事じゃなくて。

 消えた…?

 確かに手が届いたと思ったのに。捕まえる瞬間、背を向け続けていた邪馬人が振り返りかけて…くわえ煙草の口許が見えたと思ったら。

 『水飛沫なんかいくら綺麗だって、一銭にもなんねーだろ』

 滝のそばには…オレ一人で。

 『可愛くないなぁ、蛮は』

 邪馬人なんかどこにもいなくて。

 『可愛いなんて言われたかねーよ』

 月明りに影を落とす生き物はオレ一人で。

 『うそうそ。蛮は可愛いよ。卑弥呼と同じくらいなv』

 あとは木立ちのざわめきと、滝の音だけ。

 『嬉しくねーって! 頭撫でんなよ!』

 払っても払っても、強がっても、離れないで抱きとめていてくれたあの腕は。

 とっくの昔に失くしてしまったのに。

 「何やってんだ、オレは…」

 邪馬人がいるわけないのに。

 飛び出してきたスバルの助手席には、銀次が寝ていたのに。

 ざわめく木立ちの影が邪馬人の後ろ姿に見えた。それだけで。

 邪馬人が死んだ事も、銀次の事も忘れて、駆け出して。

 公園中を幻を追いかけて走りまわって。

 「…ばかみてぇ」

 自分自身に呆れ返って、大きく息を吐くと、煙草に火を点けた。

 邪馬人が吸ってたマルボロ。邪馬人の匂いはマルボロと様々な毒香水が混じった、不思議と安心できる匂いで、そばにいると何だかいつも眠くなるような気がして。

 快眠香でも漏れてるんじゃないかって一度言ったら、そうかもなって、えらく嬉しそうにぐりぐり頭を撫でられたな。

 「…やまと」

 返事なんか返ってくるわきゃねーけど、ちょっと呼んでみる。

 『どうした? 蛮』

 ずっと聞いていたかった声が返事をしたような気がすっけど、これは空耳。大丈夫、もうちゃんと正気だ。

 でも、何で今日はこんなに、邪馬人の幻を見たり、邪馬人の事思い出してんだろ。

 …まあ、たまにはいっか?

 月も綺麗だしな。

 誰もいねーし。

 滝に近付いて、流れ落ちる水を受けとめてみる。

 『蛮は体温が低いなぁ…』

 冷えてしまうとなかなか体温が元に戻らない上に平常体温も低いオレに、邪馬人はそう言いながら抱きしめて暖めてくれたっけな。

 邪馬人はまた子供並みに体温高かったし(苦笑)。

 ああ、それもあって、そばにいると眠くなったのかな。

 『本には書いてないような、楽しいこと、たくさん教えてやるからな。蛮』

 そう言って笑った邪馬人の笑顔。

 子供っぽいところがあって、それでも大人で。過保護で触り魔で、俺の心まで抱きとめてくれた邪馬人―――。

 やっぱり…邪馬人が好きだ。邪馬人がいるだけで、オレは幸せだったのに。

 邪馬人さえいれば、他のすべてをなくしても全然平気なのに。

 ああ…でも、今のオレを邪馬人が見たら、怒るかな。

 邪馬人に言われたこと、守ってねぇから…。

 『蛮、そういうことは、本当に一番好きな相手とだけすることだろ』

 真面目にんなこと言うから、吹き出しちまって、も1回怒られたっけ。

 古風っつーかなんつーか…そんなとこも好きだけど。

 だって…なぁ? 別に女じゃねーんだから、ガキが出来るわけじゃねーし。気持ちよきゃ、いーじゃん?

 『蛮』

 怒った声すんなよ。邪馬人が本当に一番好きだって言ったのに、結局抱いてくれなかったくせに。

 オレが邪馬人から見たらガキだったから? それとも男だからかな。わかんねぇけど。

 ああ…わかってんよ。それにしたって、相手は一人にしろって言いてぇんだろ。

 でも一人だけ相手にすっと、なんか誤解されそうで嫌なんだよ。めんどくせーだろ、そういうの。

 それに邪馬人じゃなきゃ、誰だって一緒だし。

 …あ? んだよ、邪馬人。その意味深な笑顔はよ。

 他の奴とは違う相手がいるだろ、って?

 そりゃ…いるけどよ。

 でも、あいつとはあんまりするとヤベー気がするから。他の奴等より少ないくらいにしとかねぇと、絶対にはまる予感がすんだよ…。

 『やれやれ…こんなに早く、花嫁の父の気分になるとは思わなかったなぁ…』

 ちょっと切なそうな苦笑。見なれた立ち姿。

 誰が花嫁だって…?

 『俺の可愛い蛮に決まってるだろ』

 ぐりぐりっと頭を撫でる大きな手。煙草と毒香水の匂いがする、不器用だけどあったかい…。

 嫁になんかいかねーよ! 邪馬人が一番好きだって言ってんだろ?

 『俺も蛮が好きだ。だから…幸せになれよ?』

 マジの声で言った後、パパからの祝福のキスvと冗談めかして頬に口付けて。

 捕まえようと伸ばした手は、やっぱり邪馬人を捕まえることなんか出来なくて。

 「邪馬人!」

 すぐ後で逢える時みたいに、邪馬人は軽く手をあげて、いつもの足取りで消えてしまった。

 なんで…なんでまた置いてくんだよ。邪馬人がいればいいのに。邪馬人がいてくれれば、それで幸せなのに―――っ。

 『そんな風に泣かれたら、行けないだろー?』

 困ったように言って、宥めるように叩いてくれる。

 わかってるよ、一緒にいられないわけも。邪馬人が好きでオレを置いてくわけじゃないのも。困らせて、引き止めちゃいけないのも、ずっと引き止めておけるわけじゃないのも、全部わかってる。

 『蛮は頭がいいからなぁ』

 物分りが悪けりゃずっと邪馬人を引き止めておけるなら、そうしていてーけどな。

 わかってるから、もうちょっとだけ…いいだろ?

 『……だーめっv』

 邪馬人っ。

 『ほら』

 そう言って、オレの後ろの方に視線を飛ばす。振り返ると、あいつが立ってる。

 …なんでこんなとこにいんだよ。まさか、邪馬人が呼んだのか?

 オレの頬が濡れているのに気付いたのか、驚いたような表情で、近付いてくる。

 『じゃあな』

 声と髪をかすめた感触に慌てて向き直ると、邪馬人はいなくなっていた。

 もう…名前呼んでも、泣いても来てくれねぇんだろうなぁ…。

 「……」

 声をかけずらいのか、小さく名を呼んで、そっと後ろから抱きしめてくる。

 その腕に身を委ねて、オレはそっと目を閉じた。

 

END

 

これ…邪馬人×蛮?(^_^;)
おかしいなぁ…邪馬人兄ちゃんの顔が出た記念に、
兄ちゃん生きてなくてもラブラブな話を書こうと思ったのに…。
何故、こーなる(汗

あ、「あいつ」は、あえて誰と限定できないようにしておきましたので、
お好みの方でどうぞ(w
銀次でも士度でも夏彦(…は無理かな(^_^;))でも雪彦でも
なんでしたら、バネッチや波児でも(笑

邪馬人兄ちゃんはね〜…最近邪馬人×蛮布教の方々(笑)に煽られてか、
かなりポイントは高いですv
でも…どうしても、私には「過去の人」というイメージが強いようで(^_^;)
はじめは「あいつ」なんか出てこなかったのに、
死んじゃった兄ちゃんに縛られてる蛮ちゃんに耐えられなくなって、
つい…(^_^;)

久しぶりのねこさんですが・・・
あんまりねこさんぽくなくてごめんなさい(^_^;)
しかし…表向きは、誰のものにもならない猫女王様(ぉ、
内側は、邪馬人兄ちゃんべったり、
んで、心の奥には「あいつ」。
この子どんどん書くの難しくなるよー(汗

そうそう、今回はめずらしくタイトルありで(苦笑
谷山浩子さんからですv
「あなたがいるだけで私は幸せ 他には望まない何もいらない
世界に凍るような冬が訪れて すべてをなくしてもあなたがいれば」
ってイメージで書きたかったんですが…失敗(汗
20020518