士度×蛮

昼寝には丁度いいようなぽかぽか陽気のある日。

士度がいつものように庭で寝転がっていると、めずらしい客がやってきた。

「よう…元気か?」

「…美堂?」

こんな真っ昼間に逢うなんてめずらしすぎる。
たいてい逢うのは夜でしかもホテルで、昼間逢うとしても、HONKYTONKか仕事先で偶然バッティングすれば…ってとこだ。

昼間というのもめずらしいが、マドカの屋敷に来るのもかなりめずらしい。

「何の気紛れだ?」

「いい天気だな」

起き上がった士度を見ようともしない。
ちなみに、さっきからの挨拶も、士度の回りにいる動物達に言っている。

「おい」

くわえ煙草で動物達を気持ちよさそうに撫でている蛮に、いら立って声をかける。

「何しに来た?」

「うるせーな…オメーに逢いに来ちゃ、いけねーのかよ?」

ようやく士度を見た蛮が、拗ねたようにそんなことを言うので、思わず思考が停止してしまう。

「オレに…?」

はっきり言って、嬉しい。
体だけじゃなく心も自分の方に向かせたい、単なる性欲処理の相手としてでなく自分自身に興味を持たせたいと思い始めていたから。

「って、オレ様がそんなこと言うわけねーだろ? 単なる昼寝だよ」

ここにはいい枕があっからなーと、士度が枕代わりにしていたライオンを軽く叩いて挨拶すると、蛮は士度の隣に横になった。
気持ちよさそうに伸びをして、目を閉じる。

「…………」

言葉を真に受けて一瞬でも嬉しくなってしまった自分に腹が立つ。
と同時に、蛮が現れただけで喜んだり怒ったり忙しい自分にうんざりしてため息を付いた。

どうやら、本気でこの気紛れ猫にいかれているらしい。

「んだよ、このいい天気に、ため息か? 青いねぇ」

蛮がおもしろそうに紫紺の瞳をきらめかせながら、からかう。

(太陽の下で見ても、綺麗な目だな)

からかわれながらもそんなことを思う時点で、終わってる。

「テメーと違って、悩みが多くてな。ちなみにここは、禁煙だ」

「そっか、わりーな」

ちょっと嫌がらせに言ってみただけのことに素直に返されて、戸惑う。

またひっくり返されるかと思ったが、本当に蛮は煙草を消す気らしく、辺りを見回している。
しかし、見渡す限り芝生で、火を押しつけて消せるようなものがない。

そういえばと思い出して、樹の影に置いておいたコーヒーの缶を差し出す。
それに押し付けて火を消ししばらく待ってから、蛮は吸殻をポケットにしまった。

(こいつ…意外に、育ちがいいのか…?)

煙草なんか吸う奴はみんな吸殻をその辺に捨てると思っていたが…と士度は少し意外に思った。

知り合いが側にいるからか、とも思ったが、よく考えなくても蛮は人目など気にせずしたいようにするタイプだと思い直す。

(ふーん…)

「猿マワシ、オメー、缶コーヒーなんか飲んでんのか? それくらいならHONKYTONKに来ればいいのによ。銀次も波児も喜ぶぜ?」

オメー等は払いがいいからなと笑う蛮は、自分達がツケを待ってもらっている身であることを気にした風もない。

夜とは違う笑い方にひかれるように、白い頬に触れる。
少し冷たい感触はいつもと変わらない。

「んだよ…?」

少し訝しそうに首を傾げる。仕種が少し子供っぽくて、年下なんだと改めて思う。

仕事中や夜は、百戦錬磨という感じなのに。

「テメーは…どうなんだよ」

「あぁ?」

「オレが行ったら、喜ぶのか?」

「…さあ…どーだろーな……」

くすりと夜の顔を覗かせて笑う。
見つめてくる紫紺の瞳から目が離せなくなって、眩暈がしそうだ。

つ…としなやかに伸ばされた指が士度の鎖骨から首筋を伝い、唇にたどり着いてなぞると、意味深に笑いかけてくる。

そんな仕種がベッドの中と同じで、ここがどこだか忘れそうになる。

「何、お前、オレのこと喜ばせたいの?」

「別に…そんなんじゃねーが…」

「へーえ?」

すべてを見透かされているような、そんな気がする。
すべてわかっていて、こちらの心を好きなように転がして遊ぶ…そうだとわかっていても逃げる気が起こらない、美しい魔物に魅入られたような気分だ。

悪魔の誘惑を振り払えなければ、その先には破滅しかないというのに。

「なあ…さっきのオメーのため息の理由、当ててやろーか?」

「なに…?」

本当に見透かされているのかと、どきりとする。
が、蛮が言い出したのは、ありそうな外れた答えだった。

「ずばり、嬢ちゃんの事だろ」

にやにやと意地の悪い笑みではあるが、楽しそうな昼の笑顔で見上げてくる。

士度の沈黙を図星と取ったのか、励ましもどきの言葉までくれる。

「ま、家に居候させるくれーだから、かなり脈はあるんじゃねーの? 我を忘れて、ケダモノにならねーように、気をつけろよ〜あ、元からケダモノか?」

興味津々と近寄ってきた子猫を腹の上に乗せながら、まあ警戒心がねーのは脈っつーより純粋培養のせいかもしれねぇけどな、などと呟く蛮の表情がひどく優しい。

肩に乗ってきた小鳥やそばにいる犬にも優しい目を向けている。

「…動物、好きなのかよ?」

ちょっと意外で、思わず疑問が口に出た。
士度を猿マワシなどと呼ぶところからも、漠然と好きじゃないのだろうと思っていたのだが。

「ああ、好きだぜ。飼ったことはねーけどな」

抱き上げた猫に頬を舐められて、くすぐったそうに笑う様が幼くて、新鮮で目が離せない。

お返しに顎の下を撫でてやりながら、独り言のようにぽつりと呟かれた言葉に胸が痛んだ。

「動物は裏表がねーし、しゃべらねーからな……人間より好きかもしんねぇ…」

「…………」

裏新宿や無限城には生温い過去を持つ者はほとんどいない。
HONKYTONKに集まる人間もみな若いのに、両親がいる者は一般人の夏実くらいのものだろう。

その中でも蛮は、並々ならぬ日々を送ってきたであろう事は、想像に難くない。
頭の良さのせいもあるだろうが、他人に対する厳しさ、不信は、その不現の瞳にどれだけ人間の汚さを見てきたのだろうかと考えさせられる。

(…邪眼か…)

世界にただ一つのものを持って生まれるというのは、どんな気持ちなのだろう。
そのせいで本来なら世界中が敵に回っても味方でいてくれるはずの実の親にすら、疎まれるというのは。

(ひどく…魅かれる目だとは思うが…)

士度自身は酷い邪眼をかけられたことがないせいか、そんなに邪悪なものだとは思えないのだが。

ぽかぽか陽気に誘われるように、蛮が大きくあくびをした。

「ふぁ〜……さて、昼寝昼寝…」

動物たちをそばにまとわりつかせたまま、蛮は目を閉じた。

情事の後ですら、眠らずに銀次の元へ帰ってしまう蛮の、こんな無防備な姿を見るのは初めてかもしれない。

「…………」

そよ風が蛮の白いシャツを揺らす。
襟元に淡いキスマークらしきものがちらりと見えて、煽られているような気がする。

咎められないのを良いことに、士度はまじまじと蛮を観察した。

元は柔らかいのにきっちりセットされている黒い髪、今はまぶたに覆われている紫紺の瞳、長めの睫。
高くもなく低くもない鼻梁に、触れて感触を確かめたくなるような真っ赤な唇。
細い顎、カフスの付いた耳、所有印を刻みたくなるような、白い首筋…。

(まずいな…)

見れば見るほど触れたくなってくる。
薄暗いライトの下でしか見たことがない、純血の日本人の白さとは違う、自分よりも10kgは軽い細くて白いしなやかな肢体は、太陽の下で見たらどんな色なんだろうなどと考え出したらもう止まらなかった。

ふと、蛮の方に身を乗り出すと、意図を読んだかのように動物たちが蛮から離れる。

「…………」

蛮に触れないようにしながら、体を跨いで覆い被さる。蛮は目を醒まさない。

口付けようと顔を近づけた時、もう少しという所で蛮の手が顔の前に出され、阻まれた。

ぱっちりと目を開けて、サングラス越しに睨みつけてくる。

「こら、ケダモノ。安眠の邪魔すんじゃねーよ」

「起きてるじゃねーか」

「寝られるわけねーだろうが。視姦するみてーに、人じろじろ見やがって…」

「気にすんな。すぐに昼寝より気持ちよくしてやる」

「あぁ?」

何言ってんだと訝しげな蛮のキスを邪魔した手に口付ける。
そのまま指を舐めて、歯を立てる。

「おい…猿マワシ…?」

驚いたような表情が小気味好い。小さく笑って、その手を地面に押えつけると、今度こそ口付けた。

「…………」

互いに目を開けたままで、というのはそうめずらしくもないが、いつもは余裕綽々の蛮の目が大きく見開かれているのが、ひどく印象的だった。

舌を絡めても、ほとんど反応がない。

そんなにその気にならないかと苛立ちながら、ならその気にさせてやると士度は行為を進めた。

耳に舌を差し込んだり甘噛みしたりしながら、シャツのボタンを外していく。

「…おーい、猿マワシ〜?」

蛮は士度の背に腕を回すこともなく、驚きは去ったのか、妙にのんきな声で呼びかけてくる。

それを無視して、滑らかな首筋を舐めながら、タンクトップをずりあげ、胸の突起を摘む。
さすがに、びくっと跳ねた蛮に思わず笑みが漏れる。

「…っ、さ〜る、猿猿、猿マワシ〜」

それでもまだそんな軽口をたたいている蛮の鎖骨の辺りに、きつめに歯を立てる。

「つっ…跡つけんなって、何度言わせる、この猿!」

「猿じゃねえって、オレが言った回数より少ねぇだろうがっ」

言って、摘んだままの突起をいじりながら、もう片方に唇を寄せる。
快感に耐えるように眉根を寄せ、頭を緩く振る蛮を楽しげに見ながら、士度は背中から脇腹にかけて手を這わせた。

「くっ……猿呼ばわりじゃ猿に悪ぃなら、これからケダモノって呼んでやんぜ?」

「言ってろ」

芯が入ったように堅くなったそこから手を離し、細い腰の下に腕を通して抱えると、引き締まった脇腹に何度も歯を立てた。その度に震える体がいとおしい。

ベルトに手をかけた時、蛮の手が士度の肩に緩くかかり、情事の時でさえめったに聞けない甘い声が呼んだ。

「おい…士度…」

「―――っ」

驚いて顔を上げると、瞳をきらめかせながら艶やかに微笑んでいる。

「オレはかまわねーけど…このまますんのか? “ここ”…で?」

一瞬見惚れて意味が掴めない。
それ以上やるとプロレスごっこじゃ誤魔化せなくなんぜ?などとおもしろそうに蛮が言った時、ようやくわかって慌てて蛮の上から飛び退いた。

「〜〜〜〜っっ」

(オレは…マドカの屋敷の庭で、一体何を…っ)

がっくりと自己嫌悪に陥っている士度を横目に、蛮はタンクトップを直し立ち上がると、芝生を払った。
穴があったら入りたいような士度に、煙草に火を点けながら追い討ちをかける。

「やっぱりここがどこだか忘れていやがったか。やだねぇ、ケダモノは発情すると見境がなくて」

「…………」

ぐうの音も出ないとはこのことだ。

反論もない士度をくすくすと笑って、少しの間だが枕になってくれたライオンに挨拶しながら、他人事のように蛮が呟く。

「まったくどいつもこいつも・・・美堂蛮様はそんなに魅力的かね」

「…美堂?」

訝しげに呼びかける士度に一顧だにせず、ひらりとシャツをひらめかせて蛮は歩き出してしまう。

「帰んのか」

「ここじゃおちおち昼寝もできねーからな」

「おい、今夜は…」

「ばーか、空いてねーよ、仕事だ。徹夜になりそうだから昼寝に来たのに…オメーのせいで怪我でもしたら、慰謝料請求すっからな、憶えとけよ」

そう言い捨てて、紫煙を残し蛮は去っていった。

(美堂…)

自分が場所も忘れてあんな行動に出るなんて、士度は信じられなかった。
本当に蛮を見ているうちに、ここが一番傷つけたくない少女の屋敷だということを見事なまでに忘れてしまっていた。

『美堂蛮様はそんなに魅力的かね』

蛮がぽつりと呟いた言葉が蘇る。

(ああ…怖いくらい魅力的だぜ…)

改めて、必ず手に入れてやると心に決めて、士度は再び寝転がった。

 

 

「ちょっと…やっベーかな…」

マドカの屋敷を出て裏道を歩きながら、チェーンスモーキングをしながら蛮は呟いた。

やばいと思うのは、体と士度のことだった。

(もうちょっと前に止めりゃよかったか……ま、なんとかなるか?)

やばくてもまさか仕事前にするわけにもいかない。
立て続けに吸っている煙草で少し収まってきた気がするから、何とかなるだろう。
問題は。

(しっかし…猿マワシが場所も忘れてキレるとはな…)

かなり常識的な方に入る士度が、よりにもよってマドカの屋敷の庭先であることを忘れるとは思わなかった。

(ちょっとからかいすぎたかもしれねーな。少しほっとくか)

ああいう変に生真面目そうなタイプは面倒だしな、そうしようと思いながら、蛮は足を早めた。

既に手遅れな事を、蛮はまだ知らない。

 

END

 

士度やばいです(笑 お手伝いさんにでも見られたら、シャレになりません。
蛮ちゃんは動物好きそうだと思うんですが…どうでしょう?
これから面倒なことになっていきそうな予感…ねこさん、からかう相手を間違えたもよう(^_^;)
士度のため息の理由を読み間違えてるのは、はじめから選択肢に自分が入ってないから。
「男抱いて楽しいのか?」とか思ってたりする子なんで(^_^;)<ねこさん
触られるのは気持ち良いと思うけど、触りたい気持ちは理解できないねこさんなのでした。
しかし…百戦錬磨か…(遠い目
20011208