士度×蛮

 「なぁ、こういうのって何てぇんだろうな」
 事の後のシャワーを浴びた蛮が、髪を拭きながら近づいてきて、そんなことを呟く。

 「あ? こういうのって、何の事だ」

 先にシャワーを使った士度がペットボトルから水を飲んでいるのを見て、欲しそうな顔をしたので、細い腰を抱き寄せて、口移しに飲ませた。

 飲み下してもまだだというように、士度の首に腕を回して深く口付けてくる。

 「ん…ふっ……」

 キスの好きな蛮の好きなようにさせながら、腰に回した手を背骨のラインに沿って上へ滑らせると、しなやかな肢体が反応を返してくる。

 帰ると言っていたのにもう一戦やるのかと、ペットボトルを置いて、空いた手で胸の突起を弄ると、ぐいっと後ろ髪を引かれた。

 「調子に乗んじゃねー」

 「テメーが誘ったんだろうが」

 「キスくれーでその気になってんじゃねーよ。帰るっつってんだろ」

 「ありゃあ、別れのキスか? にしちゃ、最中みてーに悩ましげな顔で貪ってたじゃねぇか。二回じゃたらねぇんじゃんーのか?」

 「けっ、オメーと一緒にすんじゃねーよ」

 落ちたタオルを拾って、寝乱れたベッドの端に座り、髪を乾かす続きをする。

 ベッドサイドに置いておいたサングラスをかけながら、蛮はにやりと笑って、士度を見上げた。

 「こちとら相手には不自由してねぇんだ。オメーこそ、がっつきやがって…溜まってんじゃねーのか?」

 「うるせーよ」

 黙れというように、噛みつくように口付ける。今度は蛮は何もせず、目を開けたままそれを受け止めた。

 唇を離すと、士度はごろりと蛮の側に横になった。

 「で? 何が何だって?」

 とご丁寧にも話を戻す。

 「あ?」

 「さっきテメーが言いかけた話」

 「ああ…オレ達の関係っつーか、なんつーか…オレ等は恋人同士じゃねぇだろ?」

 一応疑問形になってはいるが、蛮の中では決定になっている事柄。

 もちろん士度も、蛮を恋人だと思っているわけではない。だから、返事は決まっているのだが…。

 (…もし、恋人だろって言ったら、こいつはどんな顔するんだろうな…)

 冗談じゃねぇと怒るか、物凄く嫌な顔でもされるか。それともそんなこと思ってたのかと、笑い飛ばす可能性もあるな、と妙に冷静に分析してしまう。

 どれもありそうで、それでいてどれでもなさそうだ。美堂蛮という男は、ひどく意外性の強い、人が思い付きもしないような反応をする男なのだ。

 「…おい…猿マワシ?」

 すぐに同意の言葉が返ってくると思ったのに、沈黙が返事だったので、不思議そうに蛮が士度の顔を覗き込んでくる。

 「ああ、そうだな」

 「んだよ、起きてんならさっさと返事しろよな。目ぇ開けたまま寝てっかと思ったぜ」

 言いながら、蛮は士度の上に腹這いになった。すぐ目の前に、整った顔がある。

 どうやら今の気分は人にくっついていたいようだ。これでまた手でも体に回そうものなら気分を害して離れていくだろうから、頭の後ろで組んだ手は動かさない。

 蛮を表現するなら、猫のよう、が一番的確に表していると思う士度だった。

 孤高で気高くてプライドが高く、自分のルールでしか生きない美しい獣。餌をもらっても寝る場所を借りても、決して人に尻尾を振ることをしない。気紛れで我が侭な所さえも魅力的な、一段上から常に人を見下ろしているようなその態度。それでいて淋しがりでよく拗ねたりもするから、一度魅力的だと気づいてしまうと、振り回されることこの上ない。

 猫と付き合うには、一歩離れて構い過ぎないのがコツなのだ。これはおもしろいとか、役に立つとか思わせれば、向こうから寄ってくる。

 興味津々にわくわくと近付いてきて、楽しそうに遊ぶ猫を見ていて、いつまで一歩離れた位置に立っていられるかは、甚だ疑問ではあるが。

 「で、恋人じゃなかったら何だ?」

 「だから、何なんだろうなって。オレは、間男なんだろうけどな」

 「…あぁ?」

 「オレは、オメーと嬢ちゃんの間に入ってる間男、だろ?」

 何がおもしろいのか、蛮は妙に楽しそうに笑っている。『間男』という妙に間抜けな(まあカップルの男の方にしては、間抜けなんておもしろいものでもないのだろうが)響きがおもしろいのかもしれないが。

 「間男ってのは、女とくっつくもんじゃねーのか?」

 「間女とはいわねーから、カップルの間に割り込む奴、でいいんじゃねーの」

 「…じゃあ、オレも間男か」

 「あ?」

 「銀次とテメーの間に入ってるだろ」

 「入らせたつもりはねーけど?」

 自信満々に笑って起き上がると、蛮は煙草に火をつけた。

 そのまま警戒心もなさそうに寄りかかる蛮に、士度は眉根を寄せた。

 蛮は士度とマドカの間に入っているが、士度は蛮と銀次の間には入れていない。それはつまり、士度は蛮に魅かれているが、蛮は単に体だけの関係で、何とも思っていないと、そういうことか。

 (…なんか、気にいらねーな…)

 一方的に蛮のことを気に入っていると断定された事よりも、蛮が自分を何とも思っていないということが気にくわない。もちろん最初から想い合ってはじめた行為ではないが。

 「まあ、オレはオメー等にとっちゃ、はじめから間男みてーなもんだっただろうけどな〜」

 仲良くやってた無限城に乗り込んで、銀次を雷帝じゃなくした上に、連れ出しちまったんだからよ…と、これっぽっちも悪いことをしたなどと思っていない顔でさらっと言い放つ。

 まあ、今の銀次を見れば、蛮が悪いことをしたと言う奴はほとんどいないだろうが。

 と、煙草を消しながら、黙り込んだままの士度に目を向けた。

 「どーした? 猿マワシ。間男になれなかったのが、そんなに残念か?」

 いつもの余裕綽々な笑顔が癪に障って、士度も獲物を見る目付きで笑いながら言った。

 「そのうちなってやるさ、待ってろよ」

 「…へぇ…そりゃ楽しみだなぁ」

 一瞬、驚いたような顔をしたが、すぐにおもしろい玩具を見つけてこれが壊れるまで遊ぼうと決めたような、残酷さを含んだ笑顔になる。

 楽しみだと言いながらもそんなことはありえないと言わんばかりの蛮に、ささやかな意趣返しとして、投げ出された足首を掴んで引き寄せると、ふくらはぎに噛みついた。

 「っ…跡つけんじゃねーつってんだろ、ケダモノっ」

 情事の跡を残されるのが嫌いな蛮から、かなり本気の蹴りが入る。

 「やっぱりテメーでも銀次にゃ隠しておきてぇか」

 「オメーだって、嬢ちゃんには言えねぇだろーが。ヒモの立場で男と犯ってます、なんてよ」

 蛮は一瞬にして不機嫌になると、そっぽを向いて煙草をふかし出す。

 いつもの白シャツに覆われた見た目より華奢な背中を眺めながら、士度は蛮とマドカに対する想いの違いを考えていた。

 マドカは可愛い。いつまでもそばにいて笑顔が曇らないように守ってやりたいと思う。しかし欲望は感じない。抱きしめたくはあるが抱きたいとは思わない。

 しかし、蛮は…。

 「…でも、まあ…」

 ちらりと士度の方を盗み見て、悩んでるらしいのを見て取ると、不機嫌もどこへやら蛮はおもしろそうに言った。

 「オメーが間男になれたとして、間男同士のSEXなんて聞いたことねーけどな」

 もう一度士度の体の上に乗ると、さっきの仕返しとばかりに首筋にキスマークを残す。

 自分は残されるのが嫌いなくせに、マドカが見えないと思って、結構爪跡やらキスマークやらを残す蛮だった。

 たくましい首筋に鮮やかに残った跡を満足そうになぞる蛮を抱き寄せて、口付ける。

 煙草の味のするキスに眩暈がしそうになる。

 しばらく貪り合った後、士度は蛮と位置を入れ替えると、シャツのボタンを外しながら首筋から唇を滑らせ始めた。

 「せっかくシャワー浴びたってのに…」

 しょーがねーな…というように煙草を揉み消す。そうしながらも心ここに在らずというように天井を眺めている蛮に、気にしていた話題を振って、意識を向かせる。

 「互いに相手がいるんだから、ただの浮気っつーんじゃねぇか? これは」

 「浮気ねぇ…」

 一番オーソドックスな答えだと思うのだが、わがままな姫のお気には召さないらしい。

 「なら不倫とかか?」

 「不倫?」

 蛮は聞き返して、ぶっと吹き出す。そのまま横を向いて、腹を抱えて笑い出した。

 「時々おもしれーこと言うよなぁ…。男三人と女一人で、そのうち男二人がSEXしてんだぜ? 倫理も何もはじめからあったもんじゃねーだろ」

 「それもそうか…」

 笑いの発作に身を委ねている蛮を見下ろしながら、もう少し考えてみる。

 「…じゃ、共犯者ってのは、どうだ…?」

 「…へぇ…共犯者、ね…」

 ぴたりと笑いを止めて、おもしろそうに瞳をきらめかせる。見直したように士度の首に腕を回した。

 「猿にしちゃ、上手い表現じゃねーか…気に入ったぜ」

 「お気に召して光栄…だな」

 もう一度口付けようとした士度の顔を手で押さえてしまう。

 「てとこで、今日はお開きな」

 士度が何か言う前に、するりと下から這い出ると、ドアへと向かう。

 「おい、美堂」

 「くだんねー話してたせいで、マジで時間切れだ。じゃあな、士度」

 いつものように最後だけ士度の名前を呼んで、あっさりと出ていってしまう。

 「…嵐みてーな奴…」

 相変わらず良くわからないペースで、好きなようにやるだけやって帰ってしまった蛮に苦笑する。

 煙草の匂いが漂う部屋で、士度は一人、ターゲットを定めた狩人の目付きで呟いた。

 「いつまでも、好きな時に来て好きな時に帰れると思うなよ? ……蛮」

 

END

 

士度×ねこさんでした♪ねこな蛮ちゃんは結構好き…って、悪い癖だな、私(苦笑
オリジナル風のキャラにのめり込むという…某Iちゃんの時もそうだったし(汗
ここはどこでしょう?第2弾ですが(ぉ、私は士度の部屋かホテルだと思ったんですが、
師匠曰く「さすがにマドカちゃんの屋敷じゃ、蛮ちゃんを抱かないだろう」ということで。
まあ確かに、そこまで不実じゃないか。
っていうか、士度って、生真面目そう…ちょっとケダモノっぽいけど(マテ
あ、何となく最後だけ「蛮」って呼ばせてみましたが、
やっぱり士度には「美堂」って呼んでてほしいな〜と思った月海でした(^_^;)
追記:間男の意味を辞書で引くと、二人とも間違ってて笑えます(苦笑
20011110