煙草

 「蛮ちゃん、煙草やめない?」

 昼飯を公園で食べた後、食後の一服、と煙草を取り出した蛮に銀次がいきなり言い出した。

 「あ? んだよ、いきなり」

 ヘビースモーカーに食後の一服が耐えられるわけがない。気にせずに煙草に火をつけ、美味そうに煙を吐き出す。

 出逢った時からそうだったので既に見慣れてしまったはずなのに、めずらしく心配そうに銀次は蛮のそんな姿を見つめている。

 「いきなりっていうか、前から思ってたけどさ。ほら、煙草って『ヒャクガイアッテイチリナシ』って言うでしょ?」

 銀次が言うと、漢字変換できていないように聞こえる。

 「ほ〜、んな言葉、よく知ってるじゃねーか」

 「馬鹿にしないでよ、蛮ちゃん」

 「馬鹿にされたくなかったら、漢字で書いてみな。『百害あって一利なし』」

 ぶーっと膨れる銀次に、ここに書いてみな、と手のひらを差し出す。

 「………………」

 いくらなんでも百は書ける。しかしそこから蛮の手を握ったまま、まったく指が動かなくなってしまう。

 タレたままだらだらと汗を流している銀次をにやにやと眺める蛮。

 と、ふいに銀次がタレでなくなった。

 「って、今オレが言ってるのは漢字の話じゃなくてさ! 煙草の話」

 誤魔化されなかったか…と内心舌打ちしつつ、蛮はきっぱりと言い切った。

 「やめらんねぇ」

 「蛮ちゃん」

 「食うに困っても、煙草をやめるわけにはいかねぇんだよ」

 銀次はただの悪癖だと思っているかもしれないが、蛮にとって煙草はどうしても必要なものなのだ。緊張している仕事中くらいは断っていられるが、普段吸わないというわけにはいかない。

 理由はとてもじゃないが言えるわけもないが。

 「じゃあさ、じゃあさ」

 不意に銀次が妙に嬉しそうに、目をきらきらさせながら、提案してきた。

 「煙草の代わりになるものがあれば、やめられるんじゃないかな?」

 「煙草の代わり…?」

 「うん! あのね、煙草吸ってる人って、ニコチン中毒なのもあるけど、唇に煙草が触れる感触が好きって人も多いんだって」

 「…その話、誰に聞いた?」

 まあ大体予測はつくが…と思いつつも聞けば、

 「カヅっちゃん」

 と予測通りの答えが返ってくる。

 あの絃野郎…何だっていつも銀次に余計なことを吹き込むんだ…と、心の復讐メモにメモっている蛮を知らぬげに、銀次は自分の思い付きを楽しそうに話している。

 「だからねー、蛮ちゃんも煙草吸いたくなって唇が淋しくなったら、オレとキスすればいいんだよ! グッドアイディアでしょ?」

 そしたら蛮ちゃんとたくさんキスできるしー、蛮ちゃんも煙草がやめれて、いっせきにちょうーvと自分の考えに酔っている銀次の側で、蛮は煙草をくわえたまま妙にまとまらない頭でぼんやりと考えていた。

 (……あ? なんだって…? 煙草の代わりに銀次と…?)

 「煙草が吸いたくなる度に…?」

 「うんv オレは一日何十回でもいいからさ♪」

 いいアイディアでしょー? ほめて、ほめてv と、見えない尾を振りながら蛮の反応を待つ銀次。

 その目の前で、蛮は銀次が言っているのとは違う方向に思考を走らせていた。

 (…性欲抑止の煙草の代わりに…銀次と…一日何十回でも…)

 思考がそこにたどり着き、リアルな情景を思いついてしまった途端、蛮は音がするほど一気に耳まで赤くなった。

 びっくりしたのは本人同様、様子を見ていた銀次もで。

 「え!? あ…蛮ちゃん、かわ…っと、なんでもない〜」

 いつものように『可愛いーっv』と叫びかけて、赤い顔のまま睨みつけられ、誤魔化すように手を振る。

 しかし心の中では勘違いしたまま叫びまくっていた。

 (もー、蛮ちゃん、すげー可愛いっv オレと何十回もキスって想像しただけで、あんなに真っ赤になっちゃうんだもんっv)

 蛮が考えたのは、もっとすごいことだったのだが。

 「で、どう? 蛮ちゃん。オレのアイディア」

 煙草を立て続けに吸って、何とか平静に戻ろうとしている蛮に、この分ならオッケーかもと思いながら銀次が尋ねる。

 「だめだ」

 「えーっ、なんでーっ!?」

 すっごくいいアイディアなのにーっと騒ぐ銀次。

 煙草を灰皿に押しつけながら、ぽつりと蛮は答えた。

 「煙草代をオメーの食費に回しても赤字が出るし…何しろ仕事に差し障るからな」

 「え?? ……そ、そう……???」

 首が回りそうなくらい傾げて、全然わかんないけど蛮ちゃんの計算だとそうなるのか…と、何とか納得する。

 「でも、まあ……」

 せっかくいい考えだったのにー…と落ち込む銀次に、蛮がフォローを入れた。

 「部屋を借りて、ガソリン代と食費を心配しなくてもいいくれーに稼げるようになったら、考えてみてやってもいーぜ?」

 煙草を手放したら、どうなってしまうのか。怖くないといえば嘘になるが。

 それでもそばに銀次がいるなら、なんとかなるかも…などという本音は決して当の銀次には告げられないが。

 目標を持つのはいいことだしな、と自分への言い訳もちゃんとできていることだし。

 蛮の言葉の真の意味を知らない銀次は、それでも蛮の譲歩に、元気に頷いた。

 「うん、じゃ頑張って稼ごうね、蛮ちゃん!」

 「おう。んじゃ、仕事探しに行くぞ」

 「うん!」

 二人で歩き出しながら、蛮は新しい煙草を取り出した。

 それを口にくわえようとして、ふと思い出したように銀次を呼ぶ。

 「銀次」

 「んー?」

 何気なくこちらを向いた銀次の首を固定して、軽く唇を重ねる。

 「ふえ!?」

 「これの代わり、な」

 予想通りに驚いた銀次に、楽しそうに笑って、持っていた新しい煙草を箱に戻す。

 そんな蛮に、ちゃんと自分の意見も聞き入れてくれてると嬉しくなって、銀次は先に歩いていく蛮に思いっきり抱きついた。

 「蛮ちゃん、大好きーっ」

 

END

 

はいはい、って言いたくなりますね(笑
ラブラブ?
あ、別にえっちしたくなった時に煙草吸ってるわけじゃありませんから(苦笑
普段からそういう気にならないように、効果の薄い薬を飲み続けてる…そんな感じかな。
かなりニコチン中毒でもあるとは思いますけどね(^_^;)
しかし、原作でも飲酒には「未成年」って突っ込みが入るのに、
あれだけ、ばかすか吸ってる煙草には何もなし…
なんか意味があるんだと邪推するのが人情でしょう(何が人情だっby蛮ちゃん)
20011023