あるていどのきけんをかくごしましょう(屍蛮)
満月。
月光と思えないほどの眩しい光が降り注いでいる。
「すっげー…掬えそう」
一人、上機嫌にそう呟いて、水を掬うように手で椀を作る。
もちろんそこに月光が溜まるはずもなく、それでも蛮はひどい上機嫌のまま、足取りも軽く歩いていく。
質量すら感じられそうな月光は、すっと手を伸ばせばそこに纏わり付きそうなほど。気分が高揚して、何もかもが楽しくて仕方がない。
きっかけさえあれば、大声で笑い出しそうだ。
不現の瞳に月の狂気を映しながら、気の向くままに歩いていく。
と、視線の先に、今の蛮ととても近い存在が現れた。
「ジャッカル…」
「こんばんは、美堂クン。とてもよい…月夜ですね」
「ああ…いい月夜だな」
いつもならば赤屍の気配を感じるだけで不機嫌に眉根を寄せるのだが、今日の蛮の上機嫌は変わらない。
むしろ、赤屍に逢えたことが嬉しそうにすら見える。
蛮の反応に一瞬「おや」という顔をして、赤屍は笑みを深めた。
「今日は上機嫌なのですね。やはりこの…月のせいですか…?」
「まーな。オメーは、仕事中か?」
「まさか。こんな素晴らしい月夜に、仕事など出来ませんよ。一滴でも血を見たら…ターゲットなどどうでもよくなってしまいます」
「ああ…わかんぜ」
血を見たら、その赤さに目を奪われ、香りを嗅いでしまえば、もう……。
本来の目的など忘れ、ただひたすらに月の狂気に溺れ、血に酔うしかなくなってしまう。
そんな状態では仕事にならない。もちろん、仕事でなければ問題ないが。
「ジャッカル…オレは、血が見てぇ」
蛮は狂気を孕んだ妖艶な笑みを浮かべ、誘うように赤屍へと腕を伸ばした。
「オメーの、血が見てぇんだよ…いいだろう…?」
「もちろんですよ、美堂クン…」
その手をとって、戦いよりも楽器に向いていそうな細い指に恭しく口付ける。
嬉しそうに微笑む赤屍の瞳にも、いつも以上の狂気が光っていた。
「私も貴方の血が見たい…血まみれで舞うように戦う、最高に美しい貴方を見せて下さい」
「死んじまっても…かまわねぇよな?」
くくっと言葉と不釣り合いに楽しそうに笑う蛮を抱き寄せる。
「かまいませんよ。私はまだ貴方を殺す気はありませんが。出来るだけ長く…私を楽しませて下さい」
降りてきた唇をそのまま受け止めると、蛮は赤屍の首に腕をまわした。
そうして爪を立てると、力いっぱい引っ掻いた。
「―――っ」
さすがに僅かに身を引いた赤屍のネクタイを掴んで引き寄せると、首ににじんだ血を舐め取る。
味わうように舌なめずりをして、蛮は魅惑的に微笑んだ。
「殺す気はねぇとかぬるいこと言ってっと…オレはどっかに行っちまうぜ…?」
「そんなに私を本気にさせたいんですか…可愛い人だ」
手の中から長剣を取り出すと、一振りする。
「そうですね…気まぐれな貴方を退屈させれば、すぐに背を向けてどこかへ行ってしまう。それくらいなら…殺して永遠に私のものにしてしまうのもいいかもしれません」
「ああ…こんな興奮する月夜に死ねんなら、それも悪かねぇな」
ざわりと、蛮の周りに蛇の影が纏わり付く。
「まあ、殺されてやる気はねぇがな。楽しもうぜ…?」
「ええ……楽しみましょう」
降り注ぐ月光の下、満月の狂気に身を委ねて、二人は笑いあった。
☆☆☆
バネッチとねこな蛮ちゃんは似合いだと思うけど、猛獣さんならなおさら相性が良い気が。
満月の血のざわめきは、銀次にはきっと理解できないのではと思うので。
興奮はするかもしれないけど、「血が見たい」という方向にはいかないんじゃないかな。
そういう意味で、バネッチと蛮ちゃんは同じ属性な気がします。
同じ属性は理解できるし楽で気持ちがいいけど、相容れない違う属性の方が強く惹かれると思いますけどね〜。