王波児(ねこ)

(6月22日の続き)

 カララン♪

 ……聞きたくないドアの音は空耳ではなかったが、それでもオレの運はまだ尽きてないらしい…ふう(安堵

 「…失礼、お邪魔なのはわかってるんですけど」

 ちょっと困ったような顔をしながら、入ってきてそう言ったのは、花月くんだった。

 まあ、見られてもまだマシな相手だよな…というより、わかってるって事はまた盗聴してたらしいが(汗

 「んだよ…わかってんなら邪魔すんじゃねぇよ、弦巻き」

 不機嫌そうに睨みつけつつも、オレの首に絡めた腕を解かない…まさか、ギャラリーがいても続けるとか言わないだろうな、蛮。

 花月くんはにっこり笑いながらも、ぽろりと怖ろしいことを言った。

 「すみません…ですが、そろそろ銀次さんが戻ってこられるので、さすがにマスターの命が危ないんではないかと…」

 ――――っ!!

 オレは慌てて蛮を引っぺがした。

 今だけは、花月くんが天使に見える……。

 「だったらなおさら邪魔すんじゃねぇよ、せっかく波児がその気になってたのによ…」

 蛮は思いっきり、不満そうだ。お前な…ほんとにオレを銀次に殺させたいのか…。

 「お前なぁ…」

 「おい、弦巻き!」

 さすがに文句を言ってやろうとしたが、その前に蛮はぽんとカウンターを跳び越して花月くんの方に行ってしまった。

 ターゲットが変わったのはいいんだが…この気まぐれ猫め(苦笑

 「はい?」

 「人の邪魔をしたんだから、詫びに付き合え」

 「それはもちろん。喜んで」

 「つーわけで、波児。弦巻きと遊んでくっから、銀次のやつが帰ってきたら、『よろしく』な」

 その『よろしく』は、『花月くんと遊びに』行ったって事を銀次にちゃんと伝えろってことか。

 …まあ…いいけどな。当人も銀次に睨まれるのはわかってて、それでも蛮と付き合おうっていうんだから。

 「んじゃな」

 「お邪魔しました」

 軽く挨拶をして、どこへ行くやら、二人は雨の中出て行った。

 ……とりあえず、コーヒーでも淹れるか…。

 

 店にコーヒーのいい香りが漂い始め、ようやくほっとした頃、銀次が元気に帰ってきた。

 「たっだいま〜…って、あれ? 蛮ちゃんは?」

 なにやら持っていた荷物をいつも蛮が座る席とは反対側に置いて、銀次はいつものカウンター席に座り込んだ。

 「ああ…さっきまでいたんだが、花月くんとどこかに遊びにいったみたいだぞ」

 「へぇ…カヅッちゃんと。ちょっとめずらしいね」

 笑顔はいつものままでも、声がちょっと低い気がするのは…気のせいじゃないよな、やっぱり。

 ああ…この敵意がオレに向かなくて良かった…。

 「電話してみよっと。あ、波児さん、なんかお腹に溜まるもの、作ってくれないかな〜。オレ、お腹減っちゃって」

 「別にいいけどな…無限城でなんか食ってきたんじゃないのか?」

 つい蛮の誘いに乗ってしまった後ろめたさもあって、おごってやる気でチャーハンを作り始める。

 腹が減ってる銀次が食べるにしちゃ、ちょっと少ないかもしれないが、パスタ茹でるより腹減ってるならこっちの方が早いだろ…。

 蛮の携帯にコールしながら、銀次はちょっと悲しそうに笑って言った。

 「うん…なんか、いろいろ出してくれたけど。でも無限城は食料豊富ってわけじゃないからさ」

 食糧事情を知ってる身としては、出されても食べられなかったか…。

 「あ、蛮ちゃん? どこにいるの? …オレ? オレはもうHONKYTONK。…え、あ、ごめんってば〜だから、蛮ちゃんも一緒に行く?って聞いたじゃん……うん、そうだけどさ。で…え? 迎えに? カヅッちゃんち? うん、わかるけど。前のマンションでしょ?」

 おいおい…蛮のやつ、銀次に迎えに来いって言ってんのか?

 いい度胸だなぁ…今更だけどな。

 「わかった、じゃあ、もうちょっとしたら行くね〜じゃあね」

 「ほら。今日のはおごりにしといてやるよ」

 電話を切った銀次の前に、山盛りのチャーハンの皿を置いてやる。

 「わー、美味しそう♪ ありがとう、波児さん。でも、いいよ、オレだけにツケといて?」

 満面の笑みで、いただきますと手を合わせて、気持ちいいくらいの勢いで食べ始める。

 「どうせ金ないんだろ?」

 「ないけど…蛮ちゃんのタバコとか、怪我した時の治療費とか、どうしても借りなきゃダメなものもあるからさ。いろいろ迷惑かけることもあるし…返せるものは返したいから」

 たまに銀次はこうして、自分だけにツケてくれって言いだす時がある。蛮が隣にいるときは絶対言わないが。

 そうして言った分はそれほど溜まらないうちにちゃんと返してくる。どうやって金を作ってるんだかは知らないが…まあ、蛮と違って奪還屋以外の仕事は絶対しないってわけじゃないから、手はあるのかもしれないが。

 それにしても、ほぼ年中蛮と一緒にいるように見えるのに、いつの間に作ってるんだか…こういうちょっと離れた時か?

 「ま、払いたいならもらうけどな」

 「うん。いつも通り、蛮ちゃんには内緒にしといてね。美味しかった〜、ご馳走様!」

 手を合わせて、ぺこりと頭を下げる。こういうとこ見ると、天子峰の躾を感じるよな。

 というか…こう見てると銀次って、こっちの世界に関わってるようには見えないよな…陰が見えないって言うか。

 「んじゃ、蛮ちゃん迎えに行ってきま〜す」

 スツールから降りながら、そう言って、荷物を手に持った。中から、金属同士が触れ合うような音がする…なんだ?

 「おい、銀次、何持ってるんだ?」

 ちょっと気になってドアベルを鳴らしながら出て行こうとする銀次を呼び止めたが…聞かない方が良かったかもしれないな…。

 「あ、これ?」

 笑顔には本当に、一点の陰りも見えないが…。

 「蛮ちゃんを繋いどくための、首輪と手錠v」

 

 蛮…そろそろいい加減に、浮気はやめといた方がいいんじゃないか…?

 


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☆☆☆

 

三ヶ月ぶりの下弦…書きたいものはまだあるんですが、なかなか…。
今回からこんなところに言い訳を書いてみたり。
蛮ちゃんは攻撃的でいかにも闇っぽい…のに、実はすっごい純粋で壊れやすく、銀次は明るくて光が似合いそうなのに、結構深い陰の部分がある…っていう正反対な感じが魅力というか、ちょうど合ってるのかなぁと。
上手く書き表せないですが。
表に置きたくないような下弦もちょっと思いつくんですが…どうしましょう。気にせずにここに置くか…裏に下弦を作るか。
でもわざわざ作るほど、たくさんは思いつかないと思う…もろに本番ありっていうのは(汗